1.あらまし

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この苦しみに満ちた現実から脱出できる。 十階から見下ろす地表は、遠かった。 陽が落ちていく。 灯りが灯り出す町はこんなときなのに綺麗に見えた。 ほんと、なんで綺麗なの。 こんなときに。 ねえ。 なんで。 汚いあたしとは対照的だった。 この世界にお前の居場所なんてもうないと言われている気がして。 冷たい風が頬を撫でていった。 もう……辞めよう。 何もかも。 仕事も、生きるのも。 もう全部、いらない。 あたしにはもう何もない。 残ってるのは、穢らわしい肉の体と嘆き続ける弱い心だけ。 これももう、いらない。 さあ。 「半死人から本物の死人になる気かな」 「………」 腕を引かれ、あたしの体は舞うことなく留まった。 誰なのかは、見なくても分かる。 「何ですか。邪魔しないでくださいよ」 「生きる気力、なくなっちゃった?」 「意味分かんないこと言わないでよ。止めても無駄だし」 イツキさんのゆったりとした声音が降ってくる。 「どうして?さっきまで仕事探してたじゃない」 「うるさいな……あたしにもいろいろあるんですよ」 彼の手を振り払おうとするけどその力が強くて振りほどけない。
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