1.あらまし

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「そういやさっき何か言ってたっけ」 「言ってたっけじゃないでしょ!その寝起きの悪さいい加減何とかしてください!」 黒子さんが憤慨して見せたけど、彼はどこ吹く風という感じ。 スウェットの中に手を入れて腹を掻きむしり欠伸をする姿に反省を感じることなんて到底できなかった。 信じたくない、けれど。 「黒子さん……まさか、ですけど」 「そのまさか、っす」 黒子さんは遠い目をして肯定した。 やっぱりか。 やっぱりか!! 「こちらが当会計事務所の所長を勤めるイツキです」 「……」 黒子さんに促され三度ソファに身を沈めたあたしの真正面のソファにイツキと紹介された彼は深く腰掛ける。 あたしを追い出そうとしたことなんてきれいさっぱり忘れてしまったのかもしれない。 そう思うほどの爽やかな笑顔を向けて足を組んだ。 「で何だっけ?うちで働きたいんだって?」 「は……はは……」 半笑いで顔を覗き込まれて最早笑うしかなかった。 イツキ会計事務所所長、イツキ。 彼との出会い、そして第一印象は言うまでもなく最悪だった。 「本当にすみません……」 「いや黒子さんが謝ることじゃないですよ」 しょんぼりと黒子さんが頭を下げる。 あたしは笑ったけれど、疲れているからか笑顔は弱々しかった。 ちょっと、強烈だった。 会計事務所は割とブラックな業界だと言われている。 個人事務所となればなおさら。 ここもある意味ブラックなのかもしれない。 あのあと、イツキさんはあたしにいくつかの質問をした。 前職の経験であったり、普通に会話の中で出た質問だったり。 半ば投げやりになって答えた。 彼はしばらく腕を組んで唸ったあと。 「うん、採用」 お茶にしよう、くらいの軽さで出た言葉にあたしは耳を疑うことしかできなかった。 イツキさんはお構いなしに話を進めていく。 結論から言おう。 とりあえずあたしは内定を頂けた。
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