1.あらまし

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「旭!?」 あたしは走り出していた。 いや、逃げているのかもしれない。 何から? 分からない。 全部どうでもいい。 さっきまであれほど重かった体が今は軽い。 どこに向かっているのか、自分でも分からなかったけれどもう止まることはできなかった。 スーパーを出て、足が向く方向に走る。 誰かにぶつかったような気がしたけど、何もかもがよく分からなくて立ち止まれない。 スーツで髪を振り乱して走るあたし。 それを不気味なものを見る目で見つめる町行く人々。 笑う人もいれば、写真を取る人もいた。 見ないで。 そんな目で見ないでよ。 分かってる。分かってるから。 あたしが目障りなんでしょ。 邪魔なんでしょ。 もう少しだけ待っててよ。 すぐ。 「消えてなくなるから……」 社宅のマンションの屋上にあたしは立っていた。 あれだけ走ったというのに、なぜか息一つ乱れていない。 そんなことどうだってよかった。 安全柵をよじ登る。 途中、スカートが引っ掛かって布が裂ける音が聞こえた。 飛び出た針金で掌が切れて赤い血が流れる。 痛くはなかった。 恐怖も感じない。 だって一歩踏み出せばすぐそこに自由がある。
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