1.あらまし

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否定できなくて何だか慌ててしまう。 黒子さんが茶化してるのは分かってる。 でもでも、気にするでしょ? 一日経った自覚はないけど昨日あたしは彼に信じられない醜態を晒した。 叫ぶわ泣くわ暴れるわ。 家族にすら見せたことがない、あんな自分。 「あ、それ言わないほうがいいっすよ」 「え?」 「他の人にはしたことないとか聞くと興奮するかもしれないんで」 「はい?」 洗い終えた食器を戸棚にしまう黒子さんの表情は見えないが、苦笑しているのは感じ取れた。 けれどその内容につい聞き返してしまう。 こ、興奮? どういうこと? 黒子さんは答えず、話を戻してしまった。 「ま、それはいいんすけど」 「え、よくないです」 「もう一度考えてみてもらえないすか?」 真面目なトーンに、何がとは思わなかった。 「俺も所長も、旭さんと働きたいっす」 そう言って、黒子さんは帰っていった。 一人きりの室内で、ソファに座る。 「………いった」 太ももがピリピリと痛む。 フェンスの飛び出た金網に引っ掛けたところだ。 そこだけじゃない。 あちこちが痛かった。 でも。 「生きてる……」 その全てが生きている証だった。 目頭が熱いことも。 本気で死のうと思って、死にきれなくて。 今あたしの中を埋め尽くしているのは生きていることへの安堵だった。
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