1.あらまし

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情けない話だと我ながら思う。 『生きるのが嫌になる人ほど、本当は誰よりも生きたいと強く願っているものだよ』 「っ……ふ……っ」 その通りだと思った。 あたしにはきっと死ぬ覚悟はなかった。 生きるのが嫌だからといってそれが『死にたい』になるとは限らない。 自分の思うように生きられなかったから生きるのに疲れたんだ。 生きるために働いて、お金を稼いで。 お金を稼ぐために働いて……だから生きなくちゃいけなくて。 そんな毎日は、悲しくて苦しかった。 それでも頑張っていたのは先輩が好きだったからで。 同期たちと過ごす時間を楽しいと思っていたからで。 やった分返ってくる仕事を大切に思っていたからで。 壊れてしまったらあっという間だった。 失った時は二度と戻らない。 もう、あそこには帰れない。帰らない。 ずっと抱いていた未練が少しずつ流れていくのを感じていた。 生きる理由は見つからない。 けど今は、生きようと思った。 生きたいとはまだ思えない。 それでも。 『人間は、生きるのが仕事だ』 イツキさんのその言葉があたしの腹の底にストンと落ちたから。 だから。 あたしは再び訪れることになる。 開業予定の『イツキ会計事務所』を。
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