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「お茶でもどうっすか?」
「え?」
「なんか随分苦しそうな顔してたから……大丈夫じゃないんじゃないすか」
あたしは、動きをとめた。
とまったのは表面上の体の動きだけ。
心は、自分でも驚くほどに揺れ動いていた。
何か大きなことを言われた訳でもないのに。
全身に力が入って。
不動産屋でもらった資料が入っている封筒がいつの間にか腕の中でくしゃくしゃになっていたことに、ようやく気がついた。
「ここで会ったのも、何かの縁っす。よければ話聞きますよ」
昨日から心も体もぶらぶらで。
何が正しいのか。
どれが安全なのか。
あたしにはもう分からなくて。
結果あたしは彼がに導かれるままその敷居を跨いでしまうこととなる。
それが今後の人生にどれだけの影響を及ぼすか、このときは知る由もなかった。
通された応接室で案内されるままソファに座った。
ここは何かの事務所らしい。
事務所内には事務机にノートパソコンが何台か。
ホワイトボードやらキャビネットやらの中は空っぽで段ボールが多く積まれていた。
恐らく移転してきたか、開業予定か。
どちらにしろ準備段階という感じ。
「よいしょ」
さっきの男性が特に何もないのに掛け声を発しながら室内に入ってくる。
手にはお盆。
その上に乗っているものを手際よくテーブルの上に下ろしていく。
出されたのは温かい紅茶とシフォンケーキだった。
どちらもあたしの大好物。
すごい偶然だなと思った。
「ちょうど今日ケーキ貰ったんですよ。この事務所では食べる人がいないんで……ちょうどいいかなって」
「……好物です」
「よかったっす!」
彼が嬉しそうに笑った。
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