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「ま、とにかくいいことはないよ」
「はあ」
何となく分かったような分からないような。
気の抜けた返事になってしまうけれどイツキさんはそれを特に咎めることもなかった。
「そろそろ帰ろうか。疲れたでしょ」
「そうですね……何もしてないのに疲れました」
今だ慌ただしい病室の中、人や物にぶつからないようにイツキさんは廊下へと出ていく。
あたしもそれを追おうとして、背を向けたベッドにもう一度目を向けた。
「え………」
思わず声が漏れる。
腕を組まされたお婆さんの顔。
さっきは確かに苦しそうだったのに。
眉間にきつく寄せられていた皺はなくなり、まるで微笑んでいるような……安らかなものになっていた。
何故だろう。
それを見て悟った。
ああ、この人の人生は、ちゃんと終わったんだと。
「旭、置いてくよ?」
「あ、待ってください!」
慌てて病室を飛び出す。
置いていくよなんて言いながらイツキさんはすでに歩き出している。
その背を小走りに追いかけた。
言いようのない不安を胸に抱えながら。
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