14人が本棚に入れています
本棚に追加
「ただいま」
まやかしの雪に濡れることはなかった。
あれがいわゆる、妖力というものなのだろう。
「遅かったね」
四畳半のコタツから、夜魅が顔を出す。
「妖怪くさい。どこいってたの」
座敷に上がってきた柊平の匂いを嗅いだ夜魅が、怪訝な顔で見上げる。
「鶴維に会ってきた」
柊平のその一言に、夜魅の耳がぴくりとする。
「なんで居場所がわかったの」
「こないだの白鳥のご隠居が教えてくれたんだ。夜魅、桃晴って知ってるか」
何となく諦めた風に、夜魅はぺたりと寝転がった。
「桃晴は、1番最初の百鬼だよ」
「鶴維が、友人だと言ってた」
「初代は柊平によく似てたよ。甘いところがとくに」
柊平の手首の白い組紐を見ながら、夜魅はそういう。
「明日、撫で斬りを持ってもう一度会いにいく。夜魅も来てくれないか?」
「鶴維にそう言われたの」
柊平は頷く。
「切れた組紐の話をしたら、そう言われた。嫌なら構わないとも、2週間後にはいなくなるとも言われた」
「懲りないね。こないだ痛い目にあったばかりなのに」
「だからって、じっとしてたって何の解決にもならない。今のままじゃ、妖怪達を待たせるばかりになるだろ」
柊平は古い机の上のノートに目をやる。
鶴維が結んでくれた手首の紐で、体調は落ち着いた。
しかし、根本的な解決にはなっていない。
この紐だって、また切れてしまうかもしれない。
「しょうがないな」
優しくて負けず嫌い。
資質はあるが、未熟。
ちょっと怖がりで、確信には触れようとしなかった柊平が、1人で会ってきた古い妖怪。
『 このままでは妖怪達を待たせるばかり』
その柊平の言葉は、百鬼当代の言葉としては及第点だった。
夜魅は金色の目を細め、百鬼夜行路のある庭と、その向こうに立つ撫で斬りが納められた北棟を眺める。
京介を1代とばしての代替わり。
おかしな事をするもんだと思っていたが、刀の選択はやはりいつも正しいのだ。
柊平と夜魅は、翠谷の入口で待ち合わせをして、その日は店仕舞いになった。
最初のコメントを投稿しよう!