旧い鶴

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「ただいま」 まやかしの雪に濡れることはなかった。 あれがいわゆる、妖力というものなのだろう。 「遅かったね」 四畳半のコタツから、夜魅が顔を出す。 「妖怪くさい。どこいってたの」 座敷に上がってきた柊平の匂いを嗅いだ夜魅が、怪訝な顔で見上げる。 「鶴維に会ってきた」 柊平のその一言に、夜魅の耳がぴくりとする。 「なんで居場所がわかったの」 「こないだの白鳥のご隠居が教えてくれたんだ。夜魅、桃晴って知ってるか」 何となく諦めた風に、夜魅はぺたりと寝転がった。 「桃晴は、1番最初の百鬼だよ」 「鶴維が、友人だと言ってた」 「初代は柊平によく似てたよ。甘いところがとくに」 柊平の手首の白い組紐を見ながら、夜魅はそういう。 「明日、撫で斬りを持ってもう一度会いにいく。夜魅も来てくれないか?」 「鶴維にそう言われたの」 柊平は頷く。 「切れた組紐の話をしたら、そう言われた。嫌なら構わないとも、2週間後にはいなくなるとも言われた」 「()りないね。こないだ痛い目にあったばかりなのに」 「だからって、じっとしてたって何の解決にもならない。今のままじゃ、妖怪達を待たせるばかりになるだろ」 柊平は古い机の上のノートに目をやる。 鶴維が結んでくれた手首の紐で、体調は落ち着いた。 しかし、根本的な解決にはなっていない。 この紐だって、また切れてしまうかもしれない。 「しょうがないな」 優しくて負けず嫌い。 資質はあるが、未熟。 ちょっと怖がりで、確信には触れようとしなかった柊平が、1人で会ってきた古い妖怪。 『 このままでは妖怪達を待たせるばかり』 その柊平の言葉は、百鬼当代の言葉としては及第点(きゅうだいてん)だった。 夜魅は金色の目を細め、百鬼夜行路のある庭と、その向こうに立つ撫で斬りが納められた北棟を眺める。 京介を1代とばしての代替わり。 おかしな事をするもんだと思っていたが、刀の選択はやはりいつも正しいのだ。 柊平と夜魅は、翠谷の入口で待ち合わせをして、その日は店仕舞いになった。
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