旧い鶴

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翌日。 傾いた太陽に、長く西陽が伸びる頃。 寒風と共に、年老いた大きな白い鳥が戸を叩いた。 柊平は、ノートに書いた『大白鳥(おおはくちょう)』にチェックを入れる。 「お待たせしました」 「いぃやぁ。おかげで、仲間たちとゆっくり過ごせた」 庭へ案内した大白鳥が、長い首を持ち上げて空を(あお)ぐ。 その白濁とした瞳に映る影を見て、柊平と夜魅も空を見上げた。 無数の鳥影(とりかげ)が、店の上空を旋回している。 「仲間たちは北へ渡る。だが、わしにはその体力がもう残っとらん。長くこちらに居すぎたようだ。」 公園で見る白鳥より、少し大きなその翼を広げ、大白鳥は上空の仲間たちに優雅に礼をした。 それを見た上空の鳥の群れは、さらに高く舞い上がり北の空へと流れていった。 大白鳥の白濁とした瞳にその影が映らなくなったのを見て、柊平はそばに屈む。 「これを。百鬼夜行での道しるべです」 ほわっと柔らかく光る提灯を差し出す。 大白鳥は、器用に翼の先でその柄を受け取った。 柊平は、そばに置いていた撫で斬りを掴むと、池の前に立った。 中庭には灰色の闇が降り、背にした四畳半の明かりが柊平の影を池向こうまで伸ばす。 その影に遮られることもなく、池の水面に揺れる光。 百鬼夜行路の入り口だ。 柊平は撫で斬りの柄を両手で掴むと、その光目掛けて突き立てた。 波紋が広がるが、池の縁に当たった波は音を立てずに霧散(むさん)する。 波紋の中心の光は、ぽっかりと満月みたいに円くなった。 柊平は池のそばに正座し、『お通りください。』と、朗々と告げる。 「じゃあ、行こう」 水先案内人の夜魅が大白鳥を先導して、円い光に飛び込んでいく。 「若様」 飛び込む寸で、池の縁で振り返った大白鳥が、白濁とした目に柊平の姿を映して目を細めた。 「どうかしましたか?」 すっかり日が暮れ、冷えていくばかりの庭だというのに、大白鳥を見る柊平の頬を汗が伝う。 「旧い鶴がおりましてな。『谷』と呼ばれる場所に、この時期参るのだそうで」 「どうして、そんなことを教えてくれるんだ?」 またひとつ。 ぽつりと汗が頬を伝い落ちる。 「礼にございます。どうか、ご自愛くださいませ」 大白鳥はそう言い残すと、今度こそ夜魅の後に続いた。
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