旧い鶴

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昨夜、大白鳥が言った『谷と呼ばれる場所』。 この辺りでその条件に該当する場所は、祖父の店からバスで5駅ほど。 柊平は、通学で毎日その駅を通過する。 国道の際を沢が流れていて、その向こうに古い登山口がある少し暗い場所だ。 近くに新幹線の駅ができて、今は『谷』の様相(ようそう)はない。 きっと、こちら側が(ひら)けるまでは、『谷』だったのだろう。 学校帰り、その駅へ降りた柊平は、沢の向こうの山を見上げる。 このあたりは『 翠谷(みどりたに)』と呼ばれ、昔は人の出入りも多かったと聞くが、登山者が減った今は、下界を拒絶するかのような雰囲気があった。 ガードレールの切れ間から、舗装されていない山際の道に入る。 葉を落とした広葉樹の枝が、日暮れの早い冬の西日を僅かに遮り、足元に枝の影絵をつくる。 常緑の針葉樹は登山口に向かって濃くなるが、道路に近い所は葉先が茶色く変色してしまっていた。 沢を見下ろすと、国道からは見えないが、上流に古いお堂がある。 その向こうには低い洞窟があって、薄く開いた口から沢の水が流れてきていた。 以前祖父に聞いた話だと、昔は水晶などの鉱物の粒や砂金がとれた場所なのだそうだ。 『(ふる)い鶴』が、昔からいる妖怪なら、人の姿をしている可能性が高い。 時間から忘れ去られたようなこの場所なら、人里嫌いの鶴の住処としては上々ではないか。 事実、未舗装の道から枯れ草の茂る土手を沢へ下りた柊平の姿は、バスの走る国道からはすっかり見えなくなっていた。
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