旧い鶴

5/13
前へ
/14ページ
次へ
山から吹き降ろす風は冷たく、通学用のダッフルコートでは役不足は否めない。 なのに、また、柊平の額に汗が滲む。 ふぅっと白い息を吐くと、沢の上流に向かって踏み出した。 寒いは寒いが、雪や氷の類いは一切無い。 むしろ穏やかで、水の音と足元の小石を踏む音が耳に心地よかった。 しかし、お堂へ近づくにつれ、ちらちらと白いものが舞い始めた。 それは進むにつれて激しくなり、柊平がお堂の前につくころには、真っ白な雪が辺りを染めた。 遠い西陽は谷には届かず、厚く積もった雪に青い影が落ちる。 山の天気の急変。 歩いている間はそう思っていた。 しかし、先ほどと違い、沢の中がキラキラと光っている。 柊平はわずかに迷ったが、流れの中へ手を入れた。 「紫水晶…?」 刺すように冷たい水。 その中で無数に光っているのは、どうやら鉱物のようだ。 「昔は…水晶などの鉱物の粒や砂金がとれた場所…。」 祖父の言葉を口の中で呟き、ハッと後ろを振り返った。 さっき下りてきた土手に雪はない。 雪景色は、お堂の周り数メートルのみ。 沢がキラキラ光っているのも、その僅かな範囲だけだ。 「結界…?」 自分が立っている場所は、『作られた景色』だ。 肌に感じる雪の冷たさも、水に触れて冷えた手も、その手の中の小さな鉱物さえ確かにある。 しかし、この曖昧な気配は…。 そこまで考えて、柊平の視界は霧に包まれたように霞み、ほどなくして白に呑まれた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加