旧い鶴

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旧い鶴

その奇妙な店は、緩やかな坂の途中にあった。 古い木造建築で平屋建て。 店の前を流れる水路は苔むした煉瓦積み。 その水路の上に架った、短いコンクリートの橋を渡った先に、店の入口がある。 店主はきっと、店の外観とよく似た古狸のようなジイ様。 誰もがそう思って店の前を通り過ぎるだろう。 しかし、店の奥の古い木製の机に座って鳥のような生き物と話しているのは、学生服姿の少年。 百鬼 柊平(なきり しゅうへい)。 現在、形式上、この店の(あるじ)である。 「では、宜しくお願いいたします」 鴨のような鳥は、長い首をぺこりと下げる。 「待たせて悪いな」 「いいえ。わたくしどもは、まだ時間がございますゆえ」 鴨のような鳥はそう言うと、ぺったぺったと古い戸口から出ていった。 柊平は、少しの荷重(かじゅう)でも(きし)む机の上に置いたノートに、『鳥鴨(とりかも)』と書く。 「なにそれ。シャレ?」 金色の目の黒猫が、柊平の手元を覗きこんで言う。 鴨のような鳥と入れ違いで帰ってきたらしい黒猫の夜魅(よみ)は、猫又(ねこまた)という妖怪だ。 「仕方ないだろ。名前なんて知らないって言うんだから」 先ほど書き込んだノートはまだ1ページ目だが、『鳥鴨』の上にも似たような書き込みが幾つかある。 百鬼夜行路を通る順番待ちのノートだ。 椿に奪われた力が回復するまで、救急の場合を除いて、週末に1組。 今までは、土曜と日曜を利用して最低2組は案内していたため、少し待って貰わなくてはならなくなっていた。 かと言って、店の周りに居座られても困るので、こうして書き留めている。 ただ、妖怪達に名前を(たず)ねても、そんなものは無いと言う。 「名前を持ってるやつは、わりと人の近くで暮らしていることが多いかもね」 夜魅は、ふと思い出したようにそう言う。 「人間が名付けたってことか?」 「そんなことが出来る人間は限られてるよ。きっと初対面の妖怪が柊平に名乗る名前があるとしたら、それは"人間はそう呼ぶ"ってこと」 柊平は首を傾げる。 「"名付ける"と"そう呼ぶ"の何が違うんだ?」 夜魅はコタツにもぐり、頭だけ出して柊平を見る。 「"名付ける"ってのはね、"縛る"んだよ」 「縛る?」 「そう」 「じゃあ、夜魅もその名前に縛られている?」 「そうだよ。柊平だって、百鬼に縛られてるでしょ」 自分がその名前に縛られていると思ったことは無いが、確かに、百鬼の家に生まれていなければ、妖怪と関わることはなかったかもしれない。 それがいいことなのかどうか、実質的に百鬼を継いでいる状態の柊平には、もう分からないが。 「夜魅、ところで、明日の妖怪に連絡はできたか?」 手元のノートに目を落とし、柊平が訊く。 「日暮れ頃には来るよ」 「そうか。ありがとな」 明日は日曜日。 百鬼夜行路を開く日だ。 柊平は、さっき鴨のような鳥の妖怪が出ていったままの引き戸に鍵をかけ、順番待ちノートを持って四畳半に上がった。
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