呪いの藁人形

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     二  翌日の仕事中、由伸はショックをもろに引きずっていたから集中力を欠き、ミスを連発して工場長にこっぴどく叱られる破目になった。  彼女を失うわ、仕事は旨くいかないわ、工場長にはド叱られるわで心がズタボロになってしまった由伸は、仕事帰り、仕方なく定食屋で寂しく夕飯を済ませ、半泣き状態で帰路に就いた。  恵美はルックスが綺麗でかわいい女だから何かと心配してはいたのだが、まさか、あんな急にあんな形で別れることになるとは思いもよらなかったことなので由伸がショックから立ち直れないのは無理もなかった。  金に物を言わせる男にコロッといってしまうあんな現金な女とは遅かれ早かれどっち道、破局を迎えることになるのだ・・・  由伸はそう考え、恵美への未練を断ち切ろうとしたが、只々恨めしさ、憎らしさが募って来るのだった。  乗り込んだ路線バスの窓から見える風景は、冬枯れた街路樹を中心に寒々としたモノトーンに見え、自ずと心が物悲しいブルー色に染まった。  そうして路線バスから降り、借家までの短い道のりを侘しく歩いていると、背後から、「お若いの、元気がないのう。」と憂えた調子で声をかけて来る者がある。  由伸は何だろうとぼんやりした沈んだ気分で振り向くと、修験者と言うのだろうか、彼自身、未だ嘗て見たことがない風采と不思議な格好をした老翁が杖を突きながらよぼよぼと立っていた。  どうやってこんな爺さんが自分の後ろをついて来たのだろうと由伸が不可思議になってしまうと、老翁は続けざまに言った。 「見た所、怨念憎悪の相が出ておるなあ。その気持ちを晴らしたいであろう!」  そう言われて由伸は図星を差していたので、この爺さんは只物ではないと思い、純粋に縋りたい気持ちが芽生えて、「はい。」と素直に答えた。 「そうであろう。ではこの藁人形をお前さんに与えよう。」と老翁が言って藁人形を差し出すと、由伸は首をかしげながら受け取った。 「それは呪いの藁人形と言って恨み憎しみの対象者の髪や爪を藁の間に入れさえすれば、藁人形が恨み憎しみの対象者の雛形となるのじゃ。じゃからそれに何かで傷つけたり刺したりさえすれば、恨み憎しみの対象者に危害を与えることが出来る訳じゃ。」  俄かには信じがたかったが、只物ではないと思わせるに十分な老翁の真に迫る口吻に納得させられた由伸は、帰宅後、早速、部屋に残っていた恵美の長い髪を藁の間に入れてみた。  すると、藁人形が何処となく生き生きとして見えるようになったので由伸は矢張りこれは本物の呪いの藁人形だと思い、その生命感を漂わす物に危害を加えるというのは可哀想な気さえした。  しかし、由伸は男と去った時の恵美を思い出して怨念憎悪が蘇ると、藁人形の呪いが乗り移ったらしく血も涙もない冷血動物と化し、藁人形の顔の部分をカッターや針で切り裂いたり突き刺したりして痛めつけた。  その結果、気が清々して恵美を呪わなくなり怨念憎悪が消えたので由伸は成程と得心して心が光風霽月となった。
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