もう一つの学校

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もう一つの学校

「……で、僕になんとかしてくれってことなのかい?」 「お願い、この通り」  まだ制服を着たまま自宅の勉強部屋の真ん中で正座する麻弓は、合わせた両手を頭の上に掲げて、その下にある頭を深く下げた。彼女の正面に位置する勉強机の上には、右が深紅で左が翡翠色のオッド・アイになった白猫が腰を下ろし、右前足を舐めて顔を拭いている。  白猫の名前は、ヴァルトトイフェル。ターキッシュアンゴラの雄猫で、普段は飼い猫を演じているが、麻弓の前でのみ人の言葉をしゃべる魔法使い。小学校六年生の麻弓に魔法を授けたのは、彼である。  なお、麻弓の家族には、彼は拾われた野良猫という設定になっている。実際は、小六の麻弓に魔法使いの適性があったため、彼の方から彼女に近づいてきたのが正しい。ツナ缶が大好物で、大抵の不機嫌がこれで治るため、買収しやすいと彼女は思っている。 「まあ、魔力がそこに残っていたということは、尋常じゃない事態だから、何とかしてあげるけど――」 「本当!?」  まだ手を上げたままヴァルトトイフェルの方を向いた麻弓は、期待で目をキラキラさせる。猫の姿をしているが、猫らしからぬポーズも取れる彼は、「ふむ」と鼻を鳴らし腕組みをした。 「問題は監視カメラ。警備員と違って、眠らせるなんて出来ない。こうなったら、転移魔法で図書室へ移動して、人払いの結界を張って姿を見せないようにするしかないが――」 「ほうほう」 「一瞬、姿が映ってしまうのが難点。……まあ、どうせ図書室は電気付いてないだろうし、今夜は月が出ていないし、真っ暗な中で非常灯の光を浴びた姿がモヤモヤ動く程度は映るかな」 「それ、めっちゃヤバくない?」 「いいじゃないか。どうせ幽霊が出るって噂が立っているし」 「よくない。非常灯を壊そう」 「君が修理代を払うんだよ」  結局、しゃがんだ姿勢で図書室へ移動すれば書架の陰になって監視カメラの死角に入るだろうということで、計画は落ち着いた。ヴァルトトイフェルが時計の方をチラッと見た。 「20時か。今から、決行? お家の人には何と説明する?」 「早めに寝てもらって。朝まで」 「はいはい、寝かせるのね。わかった。ちょっと待ってて」  彼は、言い終えるやいなや白煙となり、フッと空気の中へ溶け込んだ。   ◇◇◆◆◇◇
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