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それから、一葉の汚した服とベッドを使用人が処理してくれて、一葉は新しいワンピースに袖を通した。
今まで着ていたものと同様の、無地のワンピースである。
きっと、本来ならばそのまま放置されてしまうのだろうけれど、朝比が来ていたのでさすがにそういう訳にもいかなかったようだ。
「これから毎日、私は一葉くんにグレアを注ぎに来る。明日からは、粗相をしないように気をつけなさい」
紫藤は一葉の部屋から出ていく際、そう言い残していった。
これから、毎日……あのグレアが注がれる。
あの感覚に耐えないといけないと思うと、正直苦痛だった。
Subならば、優しいグレアはご褒美として受け入れることができるのに。
Domを半分持っている一葉にとって、グレアは自分を無理矢理押さえつけてくる牽制なのである。
嬉しくもない。
気持ちよくもない。
でも、それは自分がまだDomである証拠だ。
Switchは、どんなにDom性が強くても……スイッチさえ切り替えてしまえば、あっというまにSubになってしまう。
一葉本人でさえ、そのスイッチがどこにあるのかは分からないが。
紫藤と朝比は、一葉のスイッチを探している最中なのだろう。
朝比が調教師として滞在する3か月の間でそれが暴かれる。
なんとなく、そんな気がして。
どうあがいても、どんなに逆らっても無駄なのだと、ひとりで結論づいた一葉は小さな声で「はい……」と返事をし、新しいワンピースの裾をぎゅうっと掴んだのだった。
*
「ねえ」
一葉は、朝比とふたりっきりになってすぐ、声をかけた。
碧い瞳をキッと睨ませて、赤を見る。
「あんた、あの人に何を言ったの」
「どげん意味?」
「だから。『そう教わったからね』って、あの人言ってたじゃん。意味がわかんないんだけど」
紫藤が居なくなった途端、素が出てしまったようで、一葉はツンとした口調で朝比につっかかった。
朝比とふたりっきりの時は、いつもこうだ。
素直になれない、というよりは、ある意味素直になって心を許しているのだと思う。
「調教師はDomん指導もしとぉけ、Subばっか相手にしてる訳やなか」
朝比はそう言いながら、口元にタバコを咥えてライターで火をつけた。
基本、調教師というのはSubを躾けるDomを指す。
しかし、朝比が目指す調教師は、どちらかというと『指導員』のような存在のようだ。
結局、朝比が紫藤にどのような事を言ったのか分からない。
でも正直、痛いことをされなくてよかった、と。心の隅でホッとしていた。
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