甘い命令、赤い言葉

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「一葉くん、君は私の特別な存在だよ」  紫藤の甘い声が、ふわふわとした頭の中に流れ込んできた。  こんなことを言われたのは初めてで、身体中が沸騰したように熱くなっていくのが分かる。 「とく、べつ……?」 「そうだ、君はSwitchだからね。他の子なんかとは比べ物にならないくらい、特別さ」  母にも、家族だった人にも捨てられた一葉は、愛された記憶なんてものは残っていなかった。  一生、ひとりぼっちだと思ってた。  一生、誰のものにもならないと思ってた。  一生、Domを恨んでやると思っていた、のに。 「君を愛してあげよう、さあ。もっと、ほしいんだろう?」  紫藤が手を差し伸べてくれて、一葉の心に光が射された気がした。  ひとりぼっちじゃない。  こんな一葉を、愛してくれる人がいる。  あたたかい。  あたたかくって、あかるくって、ここちよい。 (そっか、僕は主人(マスター)の特別、なんだ……)  紫藤の言葉が心の底から嬉しくて、一葉は碧い瞳を細めて、頬を桃色に色づけたのだった。 しかし。  プレイを初めてすぐ、灰色の瞳は酷く冷たい視線で一葉を見下ろしていた。 一葉は、それが自分のせいだとすぐに理解して、だけど謝罪の言葉を発することが出来ない。  怖くて、怖くて、声が出ないのだ。 「求めてきたくせに、コマンドに従えないなんてダメじゃないか」  Stripのコマンドには、なんとか従うことが出来た。  しかし、その次に与えられたコマンドに、一葉の身体は硬直してしまう。  『Lick(舐めろ)』のコマンドと共に出されたのは、紫藤の靴だった。  裸になって、紫藤の足元に顔を近づける…そこまではなんとかできたのだか、どうしても舌が伸ばせなかったのだ。  はあ、という大きなため息は、一葉に対する絶望を表しているのだろう。  恐怖に襲われた一葉は、土下座のような姿勢になったまま、顔を上げることもできず、ただただ紫藤の靴先を見つめて…… (やっぱり、むり……)  と、目をぎゅうっと瞑った。  それとほぼ同時に、紫藤の足がスッと動く気配がして……  瞬間、  ーードコォッ、と鈍い音を立てながら、一葉の頬に衝撃が与えられる。  蹴られたのだと、すぐに分かった。  その勢いのまま横に飛ばされて、ごろんごろん、と冷たいコンクリートの床に身体を転がせる。  頬に与えられた衝撃は、脳をぐわんぐわんと揺さぶって。  コンクリートに打った身体が、ズキズキと悲鳴を上げていた。
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