月の団子

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 今夜は十五夜。ぼくは妹と古民家を改装した和菓子屋 月猫へおつかいにきた。 「こんにちは。月の団子取りに来ました~」 「まいど。月の団子だね」  大柄な男――この月猫の店の主人――が、妹が背伸びしながら出した予約の紙を受け取った。 「あいにく団子を切らしてしまってね。あぁ、三時頃には出来上がるから、それまで待っておくれ。  おぉい、可愛らしいお客さんにお茶を出してくれ」  ぼくは腰をおろし、ちらりと店の奥の古時計を見た。あと十分は待たないといけないのか。なんのための予約なんだか……  着物姿のすらりとした女の人が、ぼくらの前にお茶を運んできたのと同じくして、妹がもぞもぞしていることに気がついた。トイレに行きたいのか?  ぼくはその女の人に、そっとトイレの場所をたずねた。その場所は店の奧で今いるところより薄暗く、妹が怖がりそうな場所だったので、ついていくことにした。  妹を待つ間、窓の外の庭をぼんやり見た。なだらかな小山に小さな池。その池にかかる石橋の向こうに石塔があった。と、その石塔に向かって、店の主人とさっきお茶を運んで来てくれた女の人が、何やら話ながら行き来していることに気がついた。  なぜ、あの人たちが?  頭の中に?マークが浮かびあがると同時に、二人の頭から何かにょきにょきと生えてきた。 「お兄ちゃん、なに見ているの?」  妹の声と同時に、店の主人がこちらを見、その様を見た妹がポツリ。 「……オオカミときつね?」 「オオカミじゃない! 山猫だ、や ま ね こ !」山猫だといった、元店の主人がずかずかとこちらにやって来た。   わわっ!  窓から身を引こうとして、その窓があった壁ごと消え失せてしまい、目を見開いた。 「あ、あの、月猫の店の主人さん、ですよね?」 「――そうだ。うっかりこの姿を見せてしまったがな」  後ろにいるきつね――お茶を運んで来てくれた女の人――が、汗もないのに額を拭っていた。 「これから、団子を作っているところへ行く。さあ、おまえたちも来い」  山猫に背中を押されるかのようにして、ぼくと妹はその石塔に向かって歩いた。遠くから見た石塔は、近くで見ると図鑑で見たロケットそのもので、ぼくと妹は山猫に言われるがまま、ロケットに乗り込んだ。 「発射準備完了。3…2…1…」  レバーを握るきつねの0の合図と同時に、席の下からゴオッ、ドドッと、聞いたことがないくらい大きな音がして、ぼくの体はぎゅっと押し付けられるような感覚を覚えた。 「お兄ちゃん、あれ見て!」  妹が指差す小さな丸窓の外には、ぼくらが住むところがだんだん小さくなっていくのが見えた。 「あ、あの、団子を作っているところって、もしかして月、ですか?」 「他にどこがあるというんだい?」山猫がニヤリと笑いながら答えた。「ほら、もうすぐ着くぞ」  ロケットが月に着陸すると、月に住むうさぎたちが待っていて、絵本の中の竜宮城のような建物の中の一室へと案内された。  そこには寝かされたうさぎがいた。 「師匠、腰をやっちまったのか」 「腰が痛いの? あたしが腰をもんであげるよ」  妹がつかつかとそのうさぎに近づき、山猫に手伝ってもらいながら、そのうさぎをうつ伏せにし、その腰を揉み始めた。はじめはカエルが潰れたような声を出していたけど、徐々にうっとりとした顔に変わっていく。 「ほほう、大したもんだ」そりゃあ、うちのじいちゃんの折り紙つきのマッサージだもの。 「さて、こちらは団子作りをしようとしよう。手伝ってくれ」  ぼくは山猫にたのまれ、団子作りが行われている一室へと移動した。 「ところで、どこまで出来ているのだ? なに? 米粉が足りなくて、米粉を作っている途中だっだと?」  筵の上に置かれた石臼の隙間から、粉がこぼれているのが見えた。 「ちょっと、石臼を回すのを手伝ってくれ」  石臼を回すのは思ったより重たくて大変だった。けれど、石臼から次々と粉が出てくる様が面白く、何度も回した。 「米粉はこれだけあれば十分だ。この粉に水を加えて、生地を捏ねるぞ」  生地作りのはじめは、手に生地がべとべととついて気持ちが悪かったけれど、だんだん生地がまとまり、ひとつになった頃には、もっと捏ねていたいと思えるようになっていた。 「これを一度蒸して、餅米で作った生地と合わせてついて、団子にするからな。おっ、お嬢ちゃん、ごくろうだったな」  後ろを振り返ると、元気になったうさぎの横で、小さくVサインを出す妹の姿があった。  生地が蒸しあがった。うさぎたちがその生地をつく。つきあがったそれをみんなで輪になって丸めていく。ぼくも妹もその団子を丸める輪に加わった。  やがて、たくさんあった生地は残らず団子になり、山猫がせいろに並べていく。 「あとは蒸すだけだ。おつかれさん」  ヒョイヒョイとせいろを積み上げ、団子を蒸しだした。   ――あれ、だんだん眠くなって……  炊きたてのお米の匂い、しゅうしゅうと涌く湯気の音、そしてゆっくりと古時計が3時を告げる。  ――あれは夢? 「おまちどう。蒸したての月猫特製、月の団子だよ」にこにこしながら、せいろのふたをあける店の主人のおしりから、山猫のしっぽがチラリ。 「――みんなにナイショだぞ」不器用なウインクをし、できたばかりの団子をいくつかおまけして、妹に手渡した。
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