0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
今夜は十五夜。ぼくは妹と古民家を改装した和菓子屋 月猫へおつかいにきた。
「こんにちは。月の団子取りに来ました~」
「まいど。月の団子だね」
大柄な男――この月猫の店の主人――が、妹が背伸びしながら出した予約の紙を受け取った。
「あいにく団子を切らしてしまってね。あぁ、三時頃には出来上がるから、それまで待っておくれ。
おぉい、可愛らしいお客さんにお茶を出してくれ」
ぼくは腰をおろし、ちらりと店の奥の古時計を見た。あと十分は待たないといけないのか。なんのための予約なんだか……
着物姿のすらりとした女の人が、ぼくらの前にお茶を運んできたのと同じくして、妹がもぞもぞしていることに気がついた。トイレに行きたいのか?
ぼくはその女の人に、そっとトイレの場所をたずねた。その場所は店の奧で今いるところより薄暗く、妹が怖がりそうな場所だったので、ついていくことにした。
妹を待つ間、窓の外の庭をぼんやり見た。なだらかな小山に小さな池。その池にかかる石橋の向こうに石塔があった。と、その石塔に向かって、店の主人とさっきお茶を運んで来てくれた女の人が、何やら話ながら行き来していることに気がついた。
なぜ、あの人たちが?
頭の中に?マークが浮かびあがると同時に、二人の頭から何かにょきにょきと生えてきた。
「お兄ちゃん、なに見ているの?」
妹の声と同時に、店の主人がこちらを見、その様を見た妹がポツリ。
「……オオカミときつね?」
「オオカミじゃない! 山猫だ、や ま ね こ !」山猫だといった、元店の主人がずかずかとこちらにやって来た。
わわっ!
窓から身を引こうとして、その窓があった壁ごと消え失せてしまい、目を見開いた。
「あ、あの、月猫の店の主人さん、ですよね?」
「――そうだ。うっかりこの姿を見せてしまったがな」
後ろにいるきつね――お茶を運んで来てくれた女の人――が、汗もないのに額を拭っていた。
「これから、団子を作っているところへ行く。さあ、おまえたちも来い」
山猫に背中を押されるかのようにして、ぼくと妹はその石塔に向かって歩いた。遠くから見た石塔は、近くで見ると図鑑で見たロケットそのもので、ぼくと妹は山猫に言われるがまま、ロケットに乗り込んだ。
「発射準備完了。3…2…1…」
レバーを握るきつねの0の合図と同時に、席の下からゴオッ、ドドッと、聞いたことがないくらい大きな音がして、ぼくの体はぎゅっと押し付けられるような感覚を覚えた。
「お兄ちゃん、あれ見て!」
妹が指差す小さな丸窓の外には、ぼくらが住むところがだんだん小さくなっていくのが見えた。
「あ、あの、団子を作っているところって、もしかして月、ですか?」
「他にどこがあるというんだい?」山猫がニヤリと笑いながら答えた。「ほら、もうすぐ着くぞ」
ロケットが月に着陸すると、月に住むうさぎたちが待っていて、絵本の中の竜宮城のような建物の中の一室へと案内された。
そこには寝かされたうさぎがいた。
「師匠、腰をやっちまったのか」
「腰が痛いの? あたしが腰をもんであげるよ」
妹がつかつかとそのうさぎに近づき、山猫に手伝ってもらいながら、そのうさぎをうつ伏せにし、その腰を揉み始めた。はじめはカエルが潰れたような声を出していたけど、徐々にうっとりとした顔に変わっていく。
「ほほう、大したもんだ」そりゃあ、うちのじいちゃんの折り紙つきのマッサージだもの。
「さて、こちらは団子作りをしようとしよう。手伝ってくれ」
ぼくは山猫にたのまれ、団子作りが行われている一室へと移動した。
「ところで、どこまで出来ているのだ? なに? 米粉が足りなくて、米粉を作っている途中だっだと?」
筵の上に置かれた石臼の隙間から、粉がこぼれているのが見えた。
「ちょっと、石臼を回すのを手伝ってくれ」
石臼を回すのは思ったより重たくて大変だった。けれど、石臼から次々と粉が出てくる様が面白く、何度も回した。
「米粉はこれだけあれば十分だ。この粉に水を加えて、生地を捏ねるぞ」
生地作りのはじめは、手に生地がべとべととついて気持ちが悪かったけれど、だんだん生地がまとまり、ひとつになった頃には、もっと捏ねていたいと思えるようになっていた。
「これを一度蒸して、餅米で作った生地と合わせてついて、団子にするからな。おっ、お嬢ちゃん、ごくろうだったな」
後ろを振り返ると、元気になったうさぎの横で、小さくVサインを出す妹の姿があった。
生地が蒸しあがった。うさぎたちがその生地をつく。つきあがったそれをみんなで輪になって丸めていく。ぼくも妹もその団子を丸める輪に加わった。
やがて、たくさんあった生地は残らず団子になり、山猫がせいろに並べていく。
「あとは蒸すだけだ。おつかれさん」
ヒョイヒョイとせいろを積み上げ、団子を蒸しだした。
――あれ、だんだん眠くなって……
炊きたてのお米の匂い、しゅうしゅうと涌く湯気の音、そしてゆっくりと古時計が3時を告げる。
――あれは夢?
「おまちどう。蒸したての月猫特製、月の団子だよ」にこにこしながら、せいろのふたをあける店の主人のおしりから、山猫のしっぽがチラリ。
「――みんなにナイショだぞ」不器用なウインクをし、できたばかりの団子をいくつかおまけして、妹に手渡した。
最初のコメントを投稿しよう!