あっ君の長くつ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

あっ君の長くつ

 雨上がり、道に出来た水たまりに、あっ君の勇ましい姿が映ります。  あっ君は黄色い長靴が大好き。  青い合羽に黄色い傘。そしてこの黄色の長靴。これであっ君は無敵です。    雨の滴が残る葉っぱに、かたつむりです。  お日様もきらきら、眩しい光で照らしています。  あっ君は誰が呼んでも振り返りません。  水たまりをチャップッチャップ、と音を上げ前へ前へ進んで行きます。     どんな酷い雨の日でも、あっ君はこのセットがあれば平気だとずっと思っていました。  そんなある日のことです。  空にモクモクと出てきた雲を見上げ、あっ君の顔も同じように曇ります。    いったいどうしたことでしょう。  尻尾を振り後をついて歩く犬が、首を傾げます。  道端に咲く花たちも、そっとそんなあっ君を、心配そうに見守っています。  夕立です。  耳を塞ぎたくなるような雷が、閃光を放ち、所構わず光の矢を落として行きます。  あっ君は玄関で、黄色い長靴を履き、身を屈めて耳を塞ぎます。  嵐が通り過ぎるのをそうやって待つのです。  ――そして、秋風が吹き、雷の爪痕はあっ君から笑顔を奪って行きました。   あっ君は悲しい目で、お日様の背中を追いかけます。  石ころに足をつまずかせ、膝を擦りむいてしまったあっ君は、声を殺して泣きました。  泣いているのを、誰にも知られたくはなかったからです。  そしてあっ君の心に、大きな水たまりです。  びしょびしょになってしまったあっ君の洋服を、着替えさせてくれる人はもういません。    見上げれば、そこには青空が広がっています。  でもまだそれにあっ君は気が付きません。  あっ君は傘を握りしめ、黄色い長靴を履き、先の見えない道をそれでも歩き続けます。  だってあっ君は青い合羽と黄色い長靴に黄色い傘があれば無敵なんですもの。  「何のために?」と犬が聞きます。  「可哀想に」と虫たちが泣きます。  あっ君の目にも涙です。  けれど立ち止まることは出来ません。歯を食いしばりもくもくと足を進めて行きます。  嵐だってへっちゃらです。  そんなあっ君に寄り添うように花たちが季節を運んできます。  何度目の春が来たのでしょう。  お日様がキラキラと、あっ君の心を照らすように光を放ちます。  あっ君はもう大好きな長靴は履いていません。  ぐんと背も伸び、水たまりもひと飛びで越して行けます。  尻尾を振って後ろをついて歩いていた犬も、もういません。  ですが、その代わりに優しく微笑む人が隣を歩きます。  草むらでは虫たちは、美しい音色を奏でます。  花たちは、あっ君の心に咲き誇ります。  あっ君はいつでも見えないあの黄色い長靴を履き、長い長い道を歩いて来ました。  もう泣いたりしません。  遥か彼方、あっ君を見守るように青空が光ります。  どんなどしゃ降りになっても、雷が空を埋め尽くしても、あっ君には自信があります。そう、あの日ママが残して行った黄色い長靴があれば大丈夫。  ゆっくりと暖められた心に咲く花を一厘どうぞ。  あっ君の差し出す花を見て、その人の目から美しい涙が流れます。  とてもとてもきれいな涙です。  本日は晴天、雲一つない空があっ君を祝福するように輝きます。  まだまだ先は長い道ですが、あっ君なら大丈夫。  だってほらこんなにも日差しが温かいのですもの。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!