浮つき

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浮つき

「…食材はあるのか?」 「まぁまぁあったような気がする。あんまり覚えてねぇな。」 適当だな本当に。 そんな会話をしながら恭弥の部屋へと入る。 まさか三日連続でここに来ることになろうとは。 「……さっさと作るか…」 「そんな急ぐなって、もっと楽しもうぜ?」 は? 「なに…」 腕を取られて、ドアへと押し付けられる。 するりと首筋を撫でられて身体が跳ねた。 「っ、おい、馬鹿…」 首元に顔を埋められるとさらさらとした黒髪がくすぐったい。 音を立てて吸い付かれると変な感覚が燻り始めてしまい、それを誤魔化すように目をきつく閉じた。 触れられている部分が痺れそうなくらいに熱を帯びる。 甘くて恥ずかしい音が響いて心臓がばくばくと煩くなった。 どうしてこうも簡単に熱が上がってしまうんだろう。 「…っ、恭弥…なに…して、るんだ…!」 「なにって?さっき出来なかった続き?」 続きなんてしなくていい… もう今日は色々ありすぎて許容量を超えているというのに。もっとされたら… 「…今日はもうこれ以上触るな。…そもそも飯を作りに来ただけなのに…離せ。」 「素直じゃないな。まぁいい…明日は触ってもいいってことなら我慢する。」 触らんでいい。 睨めば、はいはい…と身体を離された。最初から離れておけばいいものを…面倒臭いな。 「全く…キッチン借りるぞ。」 先にリビングへ進む背中に声をかけるとご自由にどうぞなんて言われる。 恭弥の部屋のキッチンは、自分のキッチンより広いので使いやすい。お言葉に甘えて存分に借りてしまおう。 ーーー 「……邪魔したら包丁で刺すからな。」 「おー怖。鬼嫁だな。」 なんなんだ。 さっきから後ろをうろうろと、鬱陶しい。 何かしたいなら言えばいいだろう。 「…何の用だ。」 「特にないけど?見てるだけ。」 なんで見る必要があるんだ。 「気が散る。」 「あぁ、そうやって俺を意識しながら作ってくれていい。俺はその方が楽しいから。」 …刺してやろうか。 「お前な…」 「鍋大丈夫か?」 は? 鍋?………あ、 横を見ればぶくぶくと泡を吹く鍋。 「!…うわ、」 咄嗟に蓋を開けようとするが腕を掴まれて止められる。 「っと危ねぇな火傷するだろ。」 恭弥はそのまま反対の手で火を止めた。 …落ち着け自分。 「…ぁ、あぁ…すまない…」 「悪い。俺がからかったからだよな?向こうで待ってるから怪我だけはするな。心配だから。」 だったらはじめから来るなと言いたいが本当に自分を心配しているような目で見られては何も言えない。 「…さっさと向こう行け。」 「かしこまりました…っと」 わざとだろこいつ。 ーーー 「美味いな。本当にいい嫁になれそうだ。」 今の状況で言われると妙にリアルなのでやめてほしい。 「馬鹿言え、こんなの誰でも作れる。」 「誰でもって訳ではないと思うけどな。…ん、美味い。」 なんだろうな…こう、 美味しいと言われるとやっぱり嬉しい。 「…好きなだけ食え。俺はもういいから…」 「慧斗って本当食細いよな。大丈夫か?」 そんなことはないと思うが… 恭弥がよく食べるからそれと比較すると俺があまり食べないように感じるだけだ。比較対象が悪い。 「お前がよく食べるからな…俺は普通だ。」 「ふぅん、身体細いし軽いから心配になる。」 そんなことは…というか軽いとか細いとかなんで…… 思い出したくもないことを思い出した。 いや、あれは…もう思い出さないようにしよう。滅却だ滅却。 「……心配されるほどではない。」 食器を持ってキッチンへ向かう。 洗い物は比較的好きだ。汚れを落とす作業がなんだかすっきりする。 「……。」 「…美味かった、ありがとう。」 かしゃん、とシンクに空の皿が置かれる。恭弥は本当に綺麗に食べてくれる。 「…あぁ、」 恭弥の方を向く、 唇に柔らかい感触。それはすぐに離れた。 「…ご馳走様。」 ぺろっと唇を舌で舐める仕草に色気を感じてしまう。 馬鹿か俺は… 「…っ、油断も隙もあったもんじゃない…」 「慧斗が許してくれてるからなぁ…したくなる。」 許してない。断じて、絶対的に。 「馬鹿か。もう帰る。」 洗い物はもうこいつに任せて帰ってしまおう。 長居すると碌でもないことになりそうだ。 「待てって、」 腕を掴まれる。 まだ何かあるのか? 「このまま俺の部屋で寝れば?」
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