僕が知る歌、君が知る歌

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七咲琴音は音楽室を後にし、気持ち悪い先輩に絡まれて苛立っていた。それを隠すことなく新入生歓迎会を行っている体育館に戻る。琴音が体育館を抜け出したことを知る面々は戻ってきたことに安堵したが、それと同時に見て分かる程に苛立ちを全面に出す顔を見てぎょっとした。 琴音を良く知る幼なじみの三神(みかみ) 裕貴(ゆうき)は、琴音がパイプ椅子に足を組んで座ったことを確認するなり、立ち上がって琴音の傍に歩み寄った。琴音の列に座る生徒達は揃って気を利かせたのか、裕貴が座っていた椅子に座り、そこに座っていた生徒の椅子に別の生徒が座り、琴音の隣にある椅子は空席となる。 気を利かせた生徒達に裕貴は手のひらを向けてお礼の笑顔をし、琴音の隣に腰を下ろした。 「なに怒ってるの?」 琴音は横目に裕貴を見て素っ気なく「別に」と言葉を返す。そんな琴音に苦笑いを浮かべて裕貴は視線を外し、体育館ステージに視線を向けた。ステージではマイクを持った教頭先生が学校の説明をしている。 つまらない説明に裕貴は飽きを感じていたため、琴音の苛立ち理由を聴いていれば暇を潰せるか、なんて思いもしたが、話す気がさらさらない様子を見て肩を落とす。 「なんでもいいけどさ。最優秀賞を取った七咲琴音さんが歓迎会を抜け出すのは如何なものかと俺は思うよ。代表挨拶もあるんだしさ」 「裕貴がやってよ。二人で取った最優秀賞でしょ」 ──裕貴が真面目な話をするのは珍しい。普段はどこかおちゃらけてヘラヘラしているのが琴音の知る裕貴だ。裕貴の性格と比例するように、その頭は明るい茶色をしているくらい。しかしごく稀に真面目らしい姿を見せることも知っており、大抵そういうときは今日みたいに大事な日だけである。 「評価されたのは歌った俺より作曲した琴音だよ」 不貞腐れて唇を尖らせながら話す琴音を横目に、裕貴は微笑みながら琴音を評価する。だが琴音の機嫌は良くなるどころか悪い方に傾き始め、足を組み直して、 「ここの学校は見る目がないのよ。私には裕貴が必要だし、裕貴には私が必要でしょ。どちらかが欠けては取ることすら叶わなかったわ」 この話は私立有栖川高校(ありすがわこうこう)に受かってからはいつものことであった。今更どうこう言っても仕方がないと琴音も裕貴も理解しているが、琴音はどうしても学校側の評価に納得を示すことができないでいたのだ。 有栖川高校は主に音楽活動を全面的に支援する高校となっており、入学するには入学金とは別に、それ相応の試験を受けなければならなかった。 琴音は作詞作曲を得意とし、将来は作曲家になりたい夢を持っている。裕貴はと言えば作詞作曲は逆に苦手で、代わりに歌唱能力がずば抜けて高かった。だからというわけではないが、裕貴が目指すものは歌手一択。 その結果。琴音と裕貴は互いの得意分野を足し、本来であれば一人に一つの試験を二人で一つにしたのだ。結果は──新入生歓迎会を受けているのが答えだろう。 そして入学試験に提出するボイスサンプル。その中から最優秀賞、優秀賞、入賞、努力賞。そのどれかが各一名ずつ与えられる。その中でも最優秀賞を取った人には入学金が免除され、その代わりと言わんばかりに新入生歓迎会で代表挨拶をするのが決まりとなっていた。 だが今年は異例で、最優秀賞を取ったのは一人ではなく、琴音と裕貴の二人となった。だがその中でも優秀なのは琴音ということで代表挨拶を任されたのは琴音で、その事実が気に入らない琴音はこうして何度も文句を言っている。こればかりは幼なじみの裕貴もお手上げ状態。 「作詞作曲が出来る人は多くないから、それで琴音が評価されたんじゃないの? それに今年は学校の先生が評価したんじゃなくて、駆け出しのシンガーソングライター小野屋詩音が評価したらしいじゃん。それって凄いことだと思うけど」 「そうだけど……。確かに詩音くんは私の憧れで尊敬出来る人よ。そんな人に評価して貰えたのは凄く、本当に凄く嬉しい。だけど私一人じゃ作れなかった。裕貴がいたから出来た曲なの」 駄々をこねる子供のように、琴音は裕貴を評価し納得がいかない理由を話すが、それは裕貴に話すだけ無駄でしかない。こんなことで結果が変わることはないのだ。それを理解しているからこそ琴音は学校に話すことをしない。 裕貴は内心、そんな琴音のことを面倒だと思ったが、それを口にするようなことはしない。琴音にとって裕貴は『良い幼なじみ』でいなければいけないのだから──。 「琴音が怒っても変わらないよ。それに俺は琴音ほど気にしてないよ。二人が評価されたのは変わらない事実だからね。だからほら、今は代表挨拶のことだけ考えたら? それが終わったら小野屋詩音の弾き語りライブでしょ」 裕貴が話した小野屋詩音の弾き語りライブ。それは琴音がずっと楽しみにしていたものであり、学校で発表する程度のものだと分かってはいても、小野屋詩音を間近で見てその演奏を聴けるというのは琴音にとって一大イベントだった。そういったことも相まって、琴音の決意は今しがた決まったと言ってもいいだろう。 恥をかくことは許されない。それが後々、評価してくれた詩音に関わるとなれば、琴音の中で許されざるものだった。 「……わかったわ。今は挨拶に集中することにする。だけど裕貴の評価、これだけは絶対に譲らないから」 「はいはい、その話は分かりましたよ」 裕貴は呆れ顔を浮かべて肩を竦めてみせる。大袈裟な裕貴の表現に琴音は笑顔をこぼした。 「恥をかかないよう頑張るから。そろそろ時間みたいだから行くね」 にこりと笑顔を見せて琴音は腰を上げた。その足をステージにへと向け、琴音は自分の名前が呼ばれる瞬間を待った。
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