二人の兄弟

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この城には、代々受け継がれてきた歪な掟がある。 妃は必ず、二人の男子を産まなくてはならなかった。 それはもし、病気や事故でどちらかが死んでしまったとしても、王の血が途絶えることを防ぐためでもある。 そしてもうひとつ、より優秀な子供をどちらか選び、選別するためでもあった。 その見定めは下の子が9才か10才に成るまでに行われる。 選ばれた子は次の国王となり、選ばれなかった子は城の歴史から除外された。 つまりは、殺されるのだ。 * 妃は美しい人だった。 しかし体が弱く、一人目の男の子を産んだ時点で酷く衰弱してしまった。 「次、子供を孕めば死んでしまうかもしれない。」 医師から告げられたその言葉に、国王は妃を失うことを恐れた。 産まれてくる子供が再び男の子である保証もない。 しかし先代の国王たちが受け継いできた掟を、ここで止めることも出来なかった。 それは先代を、この国を裏切ることに等しい罪であり、もし犯せば国ごと呪いにかけられると言い伝えられていた。 そこで国王は家臣やすべての国民たちを騙して、妃によく似た金髪の赤子を養子に取った。 いや、奪い取ったと言った方が正しいだろう…。 とある農家を営む夫婦に目をつけた国王は、ある晩黒いマントに仮面を着けて身を隠しその家に訪れた。 そしてあろうことか、己の剣で二人を切りつけるとその家に火をつけ全てを燃やしてしまったのだ。 馬に乗り逃げ帰るその腕に、金髪の赤子を抱えて。 城に戻ると、国王は医師に赤子を差し出しこう言った。 「何も聞くな、この子を第二の男子とする。そして誰にも言うな、所詮私の血を引いていないこの子は選ばれない。」 医師は静かに赤子を受け取ると、一度開きかけた口を再び固く閉ざした。 国王が子供の頃から面倒を見ていたこの医師は情に厚く、そして国王がどれ程妃を愛しているかを知っていた。 そして何より、赤く充血させた目で迫ってくる国王に、恐怖と哀れみと何もしてやれない悲しみでただ頷くことしかできなかった。 そして本当の息子である長男〈リゼ〉と偽りの次男〈リジュ〉が国王の後継ぎとして城中に伝えられた。 国王は妃を人前に出すことを嫌っていたため、城に居る者でも妊娠や出産に関して立ち入ることができたのは医師だけだった。 家臣たちは皆不審がることもなく二人を国王の血を引く後継ぎだと信じた。 リゼとリジュも、本当の兄弟として育てられた。 リゼは父に似て頭がよく、剣の腕も素晴らしかった。 リジュは泣き虫で体が弱く病気しがちだったが、笑うとまるで天使のように愛らしかった。 だが妃は、国王が自分を助けるために連れ去ってきた子供を愛することは出来なかった。いつか殺されてしまうと分かっているその子供に、情を抱いてしまうことが怖かったのだ。常にリジュとは一線を引き、何があってもその体を抱きしめることはなかった。 国王に至っては、リジュは自分が犯した罪の形そのものだった。 国王はリジュをから目をそらし、決して向き合うことも側に寄ることもなかった。 『リジュ、どこにいるんだ?』 しかし、リジュは一度も寂しいと感じることはなかった。 いつも優しくて、 『なんだ、また迷ったのか?探したよ。』 迷ったら探してくれて、泣いてたら抱きしめてくれる。 『そら、泣くなって。遅くなって悪かった。』 何よりも、誰よりも大好きな兄が側にいてくれたおかげだった。 『なぁ、リジュ。もう俺から離れるなよ、ほら手握って!服掴んだら伸びちゃうだろー』 「あ……リ、ゼ…。」 リジュは自室のベットの中で目を覚ました。 随分と懐かしい夢を見た。頬に手を触れると涙で濡れている。 「リゼ…今どこにいるの。」 俺から離れるなと言ったあの優しかった兄は、俺がもう時期8歳になるという頃に突然姿を消してしまった。 なぜ城から出て行ったのか、なぜ自分を置いて行ってしまったのか。 子供だった俺には分からなくって、ただ毎晩ベットの中で泣きじゃくることしか出来なかった。 そう、16才の時 この城の歴史を知るまでは… 国王に生まれる子供はいつも決まって男子が二人いた。 そしてなぜか、片方の子供が必ず事故や病気で亡くなっているのだ。 その事実に気が付いた時、リジュは言い表せないような恐怖を感じた。 そして調べた、この城の呪われた歴史について隅々まで調べつくした。 男子二人産制 国王による子供の選別 選ばれなかった子供の末路 そして…自分の出生について、やたら謎が多いことも。 子供は生まれた時の体重や健康状態を詳しく記録されていた。 リゼが生まれた時の写真や記録も出てきたのだが、なぜか自分のものは何ひとつ見つからなかった。 不思議に思ったリジュは、ある日父上が仕事で城を留守にする頃を見計らい、出入りを禁止されている父上の書斎に入り込んだ。 部屋はひどく荒れていた。 二年前母上が亡くなってから、国王はまるで人が変わったようだった。 もともと厳格な人だったのだが、今では何時間も意識をなくしたように宙を見つめていたと思えば、いきなりどこかの国へ戦争をすると言い始めたり、国王は魔物に憑りつかれたのだと言い出す者まで現れるほどだった。 乱雑にしまわれているデスクの中に、母上の出産の記録を見つけた。 穏やかな笑顔の母上が貼ってある紙の裏をひっくり返し、その中に目を通した。 { ・ヴァディッカ王国の一人娘   エナ ・子供 一人   名前…………………………リゼ } あぁ、やはり。 何かストンと、自分の中でいろんな疑問が当てはまった感じだった。 母上の…あの人の俺を見る目はいつも、遠くから見ているような、悲しんでいるような…哀れんでいるような目だった。 そして、確信した。 リゼはきっと、このことをどこかで知ったのだ。 そして、殺されるとしたらそれは間違いなく実の息子ではない俺の方だった。 リゼは俺を助けようとした。だが、まだ子供だった俺を連れて逃げ出すことも、俺だけ城の外に放り出すこともできなかったため、自らが城から逃げ出すことで俺は殺される対象から国王の跡を継げる唯一無二の存在にしたのだ。 「リゼ…俺、助けてもらってばかりだ。どうして、こんなに…ックソ。生きてるんだよなぁ……兄ちゃん。」 荒れ果てた書斎にリジュは項垂れるように腰を下ろした。
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