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「リジュ様、国王様がお呼びです。」
「私を?…分かった、すぐに行く。」
王位を継ぐ三日ほど前、リジュは国王に呼び出された。
これまで国王とはあまり話したこともなく、名を呼ばれた覚えもなかったので、まさか自室に呼ばれるなど思ってもいなかった。
国王は1年ほど前から体調を崩し、あまり人前に姿を見せなくなった。最後に見たのも二ヶ月ほど前だったか、ずいぶんと痩せた印象だった。
「陛下、失礼します。」
ドアを開けると、隙間から薬品の臭いが流れ出した。
緊張感でぎこちなく動く手を止めないよう、ゆっくりと中に入る。
国王は部屋にあるベッドの上で、上半身だけを軽く持ち上げた状態でそこに横たわっていた。
やはり袖から覗いた手首や指先を見るだけでも酷く痩せていて、こけた頬は一年前よりも青白く見える。
「…陛下。」
寝ているのだろうか。
側に行こうと足を一歩踏み出した。
「そこでよい、近づくな。」
突然ギョロッと動いた鋭い鷹のような眼光に睨まれ、リジュは狙われた獲物のように動きを止めた。
老いてもなおその迫力は、この国の王であることを確信させるものだった。
「お前に、伝えなければならないことがある。」
リジュから目をそらすと、国王は耐えるようにそう呟いた。
「私は、最初からお前に王位を渡すつもりなどなかった。」
前触れもなく放たれたその言葉に、思わず息が詰まった。
分かっていてもやはり、直接父だと思っていた人に言われるのは辛かった。
「……はい。」
「面倒なのは嫌いだ。お前がどこまで知っているのかを、知りたい。」
この人は、どこまで見抜いているのだろう。
「私が…国王の、本当の息子では、ないということまでは。」
声が震えては惨めに見える、無理矢理威勢を張って国王を見つめた。
なぜ俺は、今だ貴方に失望されたくないと思うのか。
「そうか…。それはさぞかし、私が憎かったことだろう。」
…憎かった?
確かに幼いころは、なぜリゼだけ優遇されるのだろうと嫉妬に近い感情を持ったこともあった。だが、その分リゼから勉強を教わり、剣を学び、馬にだって乗せてもらっていた。優遇されているはずの兄が、自分をいつも一番に思ってくれていたのだ。そんなバカげた嫉妬心いつまでも続くはずがない。
しかし…国王にとっては、面白くない話だったことだろう。
「いえ、恐らく…陛下の方が私を憎んでいたことでしょう。」
言ってから後悔することなんて多々あることだ。
とっさに出てきてしまった本音に、思わず口をふさいだ。
しかし、国王の表情はピクリとも動かなかった。無表情の顔には生気がない。
「…あぁ、そうかもしれんな。リゼはどうしてか、お前のことをよほど気に入っていた。お前を抱かぬ妻の代わりに、6才だったあの子がいつもお前のことを抱えていた。…どうやって城の掟を知り、貴様の死を悟ったのか知らんが、まさか城を出ていくとは…愚かな子だ。」
…愚か。
確かに国王は今そう言った。
リジュにはそれが耐えられず、悲しかった。
「愚かとは!リゼは何一つとして侮辱されるようなことはしていません!俺を救うために城を出ていったのです!」
「その行為が愚かだと言っているのだ!血の繋がりもない弟を生かしたことで、あの子は殺され、王族の血は途絶えてしまう!」
は…?
今何て言った。
リゼが殺される?
「どういうことですか!リゼが死ぬって、まさか!リゼの居場所を知っているのですか!」
国王はまるで俺を、見定めるような目で見ていた。
「貴様が、私の息子を殺すのだ。」
言っている意味がわからない。
なぜ俺がこんなにも慕っている兄を殺さなくてはならない?
やはり国王は俺への怒りでおかしくなってしまったのだろうか?
「俺が、リゼを殺す訳がありません。」
リジュは国王に一礼すると、背を向け扉に手を掛けた。そこで取っ手を強く握りしめて立ち止まった。
「…三日後、俺が王位を継いだら、国を上げてリゼを探し出します。俺が探せば、きっとリゼはすぐに出て来てくれる。」
「……好きにするが良い。」
振り返ることもなくリジュは部屋を出ていった。
王位継承の日には、罪人の処刑もある。それが終われば俺は国王になれる。そしたらリゼを探せるんだ。
人を切りたくはないが、王になるためには仕方がない…
なるべく早く終わるよう、剣を研いでおこうと自室へと向かった。
*
国王は瓶に入った薬を取り出すと、それを一粒取り出し水と共に飲み込んだ。
途端に痛み出した心臓を強く手で押さえ込む。この痛みも、もうじきなくなる。
「リジュよ…」
今さら誰もいなくなった部屋で、攫ってきた子の名を呼んだ。
妻を救うためにこの国を裏切った。
再び国への忠誠を示そうと、王にするべく育てた息子には裏切られた。もう、何がこの国にとって正しいのか分からない。
後はお前に、この国の行く末を託そう…あぁ、すまない。
…エナ
私は結局、妻も息子の命さえ。
救うことが出来なかった。
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