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「他の店やその従業員と揉めたこと等はありませんでしたか?」
「ええっ? そんなものないですよ!」
ヴァルトフォーゲルが仰け反った。ヘルツ警部はその顔をじっと見た。演技なのかそうでないかは狼狽の色にはよく出る。これは本心で、かつ何も知らない顔だ。
「実はですね、ヴェッツェンベルク嬢の遺体が見つかった時、その傘が真っ二つに折られていたんです。もしかしたらと思って……」
「なんてことを! そうだ。弟子たちに聞いてみましょう」
そう言ってヴァルトフォーゲルは何人か弟子を呼んでくれた。弟子は皆、若かった。というのも新入りほど傘造りのために工房に籠もるからだ。
「揉め事と言いますか……」と1番若いハインリヒ。「1週間ぐらい前、浮浪者がうちの工房の角からじっとこっちを見ていたんです。最初は物乞いだと思ったんですが、何もせず遠くから見ているだけだから気味が悪くて……俺が怒鳴ると相手は逃げて……それっきりです」
「その浮浪者はどんな身なりを?」
「見たまんまですよ。汚い洋服で髭も髪も伸ばし放題で……かなり背が高くて脚が速くて……あ、でも路上生活者じゃないですね。靴は綺麗でしたから」
「ふむ……移民かな」
「言葉は分かるようでしたよ」
「他に何から気づいたことは? 靴が綺麗なことに気がついたのだからきっと他にもあると思うんだ」
「えーっと……そうだ! あの男、手が傷と豆だらけでした。ちょうど……親方みたいに」
店兼工房を出たヘルツ警部とヒューゲルは互いを見た。
「犯人は傘職人ですよ警部」とヒューゲルが自信満々に断言した。「あの傘は盗作だったのかもしれません。それで腹いせにヴェッツェンベルク嬢を殺して傘を壊したとか……」
「犯人が傘職人という線は良いと思うが、盗作されたのが恨みならヴァルトフォーゲルを狙うはずだ。丈夫で頑丈の鯨骨でできた傘を真っ二つにできるんだ。犯人は年寄りではない。若い、頑丈な男だ。ヴァルトフォーゲルを殺す方がずっと手間が省ける」
「確かに……」
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