壊れた傘は歌わない

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「これからどうします? 謎の男の指名手配書を作成させますか?」 「いや、その前にマリア・ヴェッツェンベルク嬢その人のことをよく知りたいな。ヒューゲル、君は知っているか?」 「わたしの知識もさっきのヴァルトフォーゲルと似たり寄ったりですよ。生まれがそのぉ……貴族や富裕層のそれではないということはわたしも知ってました。1部屋に何組のも家族が押し込められているアパート暮らしで財産といえば今、着ている服しかなく、夫人はシーメリングの紙工場近くの酒場で働いていてそこをヴェッツェンベルク氏が惚れて……夫人からしてみれば玉の輿ですからね。娘の教育は厳しかったと思いますよ。今まで母親の目の届くところで遊んでいたのがいきなりドイツ語の正しい発音の仕方から声楽、ピアノといった音楽、ダンスですからね……」 「だがアイヒホルン子爵はそんな彼女を見初めた。教育は身になった訳だ」 「警部、毎日三食お腹いっぱい飯が食えて夜、静かに眠れてオーダーメイドのドレスを着れて、豪華なアクセサリーを毎日身につけられたらそりゃマリア・ヴェッツェンベルクも躍起になりますよ」 ヘルツ警部とヒューゲルは夕食を食べるために1度解散した。ヒューゲルはカフェに入ったが、ヘルツ警部は家で食べる。いつもそうだ。 「それでまだ犯人は分かりませんの?」 牛肉シチューをよそいながらレオノーラが聞いた。黒髪を慎ましく結い上げた彼女は元家庭教師でベートーベンの唯一のオペラ『フィデリオ』の主人公レオノーラのように貞淑で勇気がある。ヘルツ警部はそんな妻をこよなく愛し、レオノーラもヘルツ警部を愛しており、それは娘が生まれてからも成人してからも変わらなかった。 「いや犯人の目星はついたんだ。ボロを着た、職人風の若い男らしい……でも動機が分からなくて……どうして傘を壊したのか分からないんだ」
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