壊れた傘は歌わない

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「それは揉み合っているうちに壊れてしまったのではなくて?」 「レオノーラ、傘の親骨は籐よりも頑丈なクジラの骨でできていたんだ。簡単に壊れる代物じゃないんだよ。それに揉み合っているところは誰も見ていないし、聞いてもいないんだ」 「じゃあ傘は犯人が自分で折ったと?」 「うん。我々はそう見ている」 ヘルツ警部はそう言ってシチューを口にした。レオノーラは夫が事件の話を打ち切ったことにホッとしながら自分も着席した。事件の話がまた出たのは今回の事件でイリーネに手紙を出そうという言葉が出た時だ。 「そうですわねあなた。甘い言葉でご婦人を誘う変質者だなんて危ないことこの上ないですものね」 ヘルツ警部はレオノーラが何を言ったか一瞬、分からなかった。 「えっ?」 「えっ、ってあなた……そうじゃありませんの? 殺そうと襲われたら人は悲鳴をあげるでしょう? でも誰も悲鳴とかを聞いていないなら殺された令嬢は拐かされたんじゃなくて?」 ヘルツ警部はその言葉に脳天をかち割られた衝撃を味わった。 その瞬間、馬車の音とノックの音が聞こえた。 「マリア・ヴェッツェンベルク嬢と親しかった令嬢の家を尋ね回る!? 今からですか!?」 「そうだ。殺人犯とマリア・ヴェッツェンベルク嬢は顔見知りだった可能性がある。おかしいと思わないか? 公園を歩いているところを襲われたならなぜ誰も悲鳴を聞いていないんだ? 8時から9時の間はまだ電気がついていてリングシュトラーセは明るい。そもそも顔見知り説が正しければマリア・ヴェッツェンベルク嬢が外に出た理由も説明できる。そうだろう? 呼ばれたとしてもまさか自分を殺そうと思っているなど思いもよらなかったんだ」 「し、しかし……それが例の浮浪者風の傘職人?」 「まだ傘職人と決まったわけではないが、そうだろう。ヒューゲル、この馬車はお前が乗って良いからヴェッツェンベルク嬢と交流があった令嬢の家を訪ね廻って1つ質問をしてくるんだ。大丈夫。1つだけだ。その答えが聞いたらすぐにお暇すれば良い。アイヒホルン子爵とヴァルトフォーゲルのところへはわたしが行く」 この段階でもうヒューゲルは唖然とした顔から命令を傾聴する警察官の顔になっていた。ヘルツ警部とヒューゲルはバディを組んで長い。お互いのことはよく知っていた。 「何を聞けば良いですか?」 「『令嬢は定期的に朝が遅い日がございましたか?』と聞いてくれ」
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