保健室

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 昼を知らせる笛が校庭に鳴り響いた瞬間、走っていた面々の殆どは一様にその場に崩れ落ちた。  しかも、最後まで走っていられた人数は最初の十分の一程度で、殆どが周回コースの外でへばっていた。  その中で立っているのは三人だけ。  一人はアリス。  一人はチャド。  二人してどっちの勝ちかを言い争っている。 「最終的に私の方が少し前にいたわ」 「いいや、俺はお前を周回遅れに仕掛けてたんだよ」 「そんな訳ないでしょ。あんたの背中なんか一度も見なかったわ」 「何を!?」 「何よ!?」  それを見てアーロンはため息を吐いた。 「だからケンカは止めろって……」  だが、同時にこの二人が頼もしくもあった。あれだけ走り続けて、まだ平然とケンカができる体力を最初から持っているのは、この学校でも珍しい事だ。 「それにもう一人」  そっちに目を向けると、これまた女子だった。 「女の子は強いなぁ……」  さすがに息が上がっているようで、膝に手をついて肩で息をしている。 「それでも頑張った方だ。ええと……」  改めて顔を確認するが、アーロンのクラスではなかった。  誰なのか確認しようと近づきかけたところで、ケンカしていた二人が同時にアーロンの方へ寄ってきた。 「先生、どちらの勝ちでしたか?」 「俺ですよね?」 「知らん……」  そんなぁ、と二人から同時に非難の言葉を浴びせられる。  ずっとこの調子なのかと重市、アーロンは先が思いやられるあまりに深く溜息を一つ吐いた。  それから汗をかきつつもぴんぴんしている二人の顔を交互に見て、一言言った。 「お前ら元気だな」 「まあ、これぐらいなら」  チャドが言い、アリスも当然と言わんばかりに頷く。 「周りを見てみろ」  そう言われて、初めて惨憺たる有様に気付いたと言わんばかりに二人は目を丸くした。 「鍛え方が足りないな……」 「気合が足りないのでは……」 「お前ら二人にそれが足りている事は良く分かった。とりあえず飯食って来い」 「え、勝敗は?」  これまた二人同時。  どうしても白黒つけないと気が済まないのだと理解したアーロンは、ポケットからコインを一枚取り出した。  それをピン、とはじいて手の甲でパンと受ける。そのまま反対の手をコインにかぶせてから二人を見た。 「表か裏か?」 「表」  と先にチャドが言った。 「……裏」  悔し気にアリスが言う。  ひょっとして、この二人は落ちてくるコインが見えていたのだろうか、とアーロンはいぶかしむ。もちろん、見えていたとて無駄なのだが。  そう思いながら手の甲を外す。  そこにはもともとのコインではなく、アーロン先生の勝ちと書かれたカードが一枚。 「二人とも負けな」  呆然とするチャドにカードを渡し、アーロンは二人の方をぽんぽんと叩きニヤッと笑う。 「き……汚い」  チャドがプルプルと震えている。 「コイン、見えたのに……」  下唇を噛むアリス。 「ここは魔術師養成学校だぞ。正々堂々が好みなら、剣士の養成所にでも行け」  アーロンの言葉に、二人はがっくりと肩を落とすのだった。 「飯、食ってきます」  チャドはとぼとぼと歩き出した。  そんな事をしている間に、肩で息をしていた女子はいなくなっていた。名前を聞きそびれたな、とアーロンは残念に思うが、後で名簿を調べれば済む事なのでさほど気にはならなかった。  自分も食事に行こうと歩き出したアーロンに、アリスが後ろから尋ねる。 「そう言えばシャーロットは?」 「ああ、熱中症みたいだったから保健室にやったぞ」 「まあ、大変。後でお見舞いに行かなくちゃ」  アリスはそう言って小走りにグラウンドから去っていく。 「何で俺が最後になるんだよ」  アーロンのどうでもいい呟きは、春のそよ風に乗ってどこかへ散っていったのだった。
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