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鍵
ようやくだ。
ようやく完成した。
長年の苦労が、これでとうとう報われるのだ。
彼は自分のラボにいた。誰も訪れる者がいない、森の奥深くに作り上げたラボだった。
彼の手には、小さなカギがあった。
この鍵こそ、彼が苦心して作り上げたものだ。
彼が培ってきたすべての知識と技術を結集して作り上げたその鍵は、彼の悲願を叶えてくれるはずだった。
ラボにあるドアの前に彼は立った。
このドアは、どこかの廃屋から失敬してきたものだ。それに自ら作ったワクを取り付け、自立するようにしてある。普通に開ければ、反対側に通り抜けるだけの意味のないドア。
だが、彼が手元に持っている鍵があれば、このドアが意味を持つはずだった。
ゆっくりと、彼はその鍵をドアのカギ穴に差し込んだ。
そして、それをゆっくりと回す。
ガチャン、と音がして、鍵が開いた。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引き開ける。本来であれば反対側に抜けるだけのはずが、ドアの向こう側には平原が広がっていた。風に揺れる草は見た事もない種類のものだ。
「……まあ、違うか」
彼はドアを閉めた。
そして鍵をかける。
「だが成功だ。これで、これでようやく……」
その時、ラボの中に設置された装置が警告音と共に赤い光を放った。
「勘づかれたか?」
彼はそこらにある物を鞄の中に書き入れて、鍵を鎖に通し、大切に首からかけて衣類の内側に垂らした。
それから自分の杖を持ち、そのままラボを飛び出していった。
ラボの外はうっそうとした森が広がっていた。
生き物の声や活動音が絶え間なく聞こえているはずのそこは、今や静まり返っていた。
これからこの場所にやってくる来訪者の巻き添えを喰らわぬようにと逃げ出したのだ。
「計画は邪魔させぬ。ようやくこの世界からおさらばできるかもしれないのだ」
ひとり呟き、杖を振るうと彼の姿はその場から掻き消えた。
その日、森を訪れていた狩人は、突然の地震に見舞われた。
立っていられないほどの揺れと共に足元が持ち上がり、そして彼は宙に投げ出された。
ぐるぐると回る視界の中で、彼は見た。
地中からはい出さんとする巨大な影を。
だが、それを彼が人に伝える事は出来なかった。
なぜなら、彼はこの数秒後に着地したが、決して無事では無かったからである。
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