保健室

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保健室

 木人に運搬されて辿り着いたのは、教室のあった建物の一階にある部屋だった。  指の無いぶっとい手で器用に引き戸を開け、木人はシャーロットを中に担ぎ込む。 「あらあらあら。これはでっかいお客さんね」  鈴をころころと転がすような可愛らしい声がシャーロットの耳に届いた。 「分かってるわよ。そっちの子でしょ。ここに寝かせて」  木人は言われるままシャーロットをベッドの上に放り投げる。 「ぶぎゃ」  腹からベッドに放り出され、何かが潰れるような声がシャーロットの口から飛び出した。 「あらあらあら。ダメよ。もっと丁寧に扱わなきゃ。アーロン先生のらしさが出ているわねぇ」  窘めつつも楽しそう。  そんな口調だった。 「貴方大丈夫? 仰向けになれるかしら」 「ふぁい……」  ころん、とゆっくりした動きであおむけになるシャーロット。  その顔を覗き込んだのは、人の良さそうなふっくらとした女性だった。 「私はプリシラ・ストックウィンよ」 「ストックウィン先生……」 「あらあらあら。顔が真っ赤ね。随分頑張ったのね」  そう言いながら、プリシラはシャーロットの額にぷにぷにとした何かを置いた。  それはひんやりとしていて、ポッポッとしていた体の何か気持ち悪い暖かさを吸い上げてくれるようだった。 「それはね、熱を吸い取ってくれるの。気持ちいいでしょ」 「は、はい」 「すぐ楽になるわ。水分も用意しておかなくっちゃ」  棚の中から木製のカップを取り出し、そこに水差しの液体を注ぎ入れる。 「ハチミツレモン水よ。心配しないで、ようく冷やしてあるから。ゆっくり飲んでね」   そう言って、プリシラは枕元の小さなテーブルにそのカップを置いた。 「あなた新入生ね」 「そうです」 「名物の体力測定ね。どれぐらい走ったの?」 「二十分……ぐらい?」 「……それは……新記録ね」 「昔から体力が無くて……」 「あらあらあら、そうなの? 病気がちだった?」 「良く熱は出てました」 「あらあらあら、それは大変ねぇ。でも、その体力じゃ、この学校でカリキュラムをこなしていくのは大変かもしれないわね」  そう言いながら、プリシラはそっとシャーロットの赤毛を撫でた。 「やっぱり、体力が無いと辛いですか……」 「ええ、魔術というのは心の力が大きく影響するけれど、そもそも心と体は二つで一対の物なのよ。つまり、二つは繋がっているというわけ。魔術を使えば少なからず体にも疲労が蓄積される。だから体力が要求されるのよ」 「じゃあ、私ダメですね……」 「補う方法が無いわけじゃないわ。それにあなたはまだ若いから、体力だってつけようと思えば付けられるはず」 「……はい」  返事はしたものの、シャーロットの顔は浮かなかった。  いの一番に倒れるのは、やはりだめだったのだ。 「何とかしてあげたいわねぇ」 「……ありがとうございます」  小さな声でシャーロットはそう言った。照れくさそうに笑みを浮かべていた。 「ともかく今はおやすみなさい。水分もきちんととってね」 「は、はい……」  プリシラはニコッと笑うと、ベッドの横にあるカーテンを閉めてくれた。疑似的とはいえ周囲に気兼ねするものが無くなったシャーロットは、あっという間に眠りに落ちた。
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