傘侍

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 忖度ここに極まれり、気象庁に梅雨入り宣言された今日、お天道さまは律儀にも雲に隠れ横風に吹かれた霧雨で不快感を演出する。全身をじっとりと湿らせつつ、やっとの思いで駅の入口に着いた俺は眼前に迫る上り階段を見てボソリと呟いた。  ーーああ、傘辻斬りの時間だ。  俺が通勤するためには、必ず駅の階段を登らなければならない。避けて通ることのできない関門に、人通りの少ないタイミングを見計らうよう慎重に歩速を調整しながら、俺は階段へ近づく。  ーーこのタイミングなら傘辻斬りには合わない。  そう思ってコンコースへとつながる幅の狭い上り階段に足をかけた時、それは突然現れた。小走りで私に並んだサラリーマンが、階段を降りる老女の姿を見るなり、私の前面へと体を刷り込ませたのだ。 不意に俺の顔に迫りくる得物。 その突端は的確に俺の眼球を狙う。 間一髪、顔をよじってよけた俺は気づいた。 ーーコイツ、傘辻斬りか。  続けざまに眼前の刺客から、鋭い突きが繰り出される。今日待ち構えるは洋剣流。距離を置くのが正攻法だが、止まって距離を置こうにも補足の調整が災いして背後には無関係の人物が迫り、それもままならない。 ーー仕方あるまい、これも傘侍の命運よ。 覚悟を決めた俺は、追撃をかわしながら体制を整え前方の傘辻斬りの息を読む。 ーー1、2、1、2…… 鋭く、早くはあるものの、傘侍にとって単調なリズムへの順応は容易い。 俺は軽く深呼吸をして呼吸を整えると、反撃の糸口を見つける。 ーーここだ。 「きぇぇぇぇ!!!」 心の中で叫び声を上げつつ、手に持つ愛傘の柄で傘辻斬りの得物の突端を前方へと弾く。得物が意図せぬ動きをした傘辻斬りは、面食らってこちらを振り向くも、ハッとして頭を抑え、申し訳なさそうな表情でおとなしく階段を登りなおした。 ーー今日もまたつまらぬ者を成敗してしまった。 ひと仕事終えた傘侍の俺の心は、梅雨の晴れ間のように実に清々しかった。
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