「きれい。」(天のかけら地の果実 エピソード)

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「きれい。」(天のかけら地の果実 エピソード)

 人には時々、普通より少し突出した能力が備わっていることがある。  ちなみに、自分の家族たちのそれは嗅覚だった。  ようはちょっと鼻が利くので、たいていはその能力を生かした仕事に就いている。  わかりやすく言えば調香師や、香道など。  バース特性で言うならば、ブロンズのαすれすれのβ。  そもそもブロンズのαは手先の器用な職人や長考する学者などが多いけれど、結局シルバーやゴールドのαにいいようにこき使われるだけで得することは何もないと知っている家族たちは、いつも『ああ、βでよかった。すれすれでもβのほうがいい』と常に言う。  そんな自分もすれすれのβ。  ただし、バース特性に鼻の利くという、あまりうれしくない特殊能力つきだった。   「おい、今年の新入生はαがいるらしいぜ。しかもシルバー」  上級生たちの噂話が耳に入った。  いくつか受けた私立中学のなかで校風が一番おもしろそうな学校を選んだが、αがいると聞いてげんなりした。  バース特性でαとΩは全人口の一握り。  なかなか会う機会がないのが普通のはずだが、難関校ともなればさすがに一人や二人はいるだろうことを今の今まで全く思いつかなかった。  身内に上級特性の人間はいないが、カーストが上の者たちの支配欲と傲慢さはさんざん家族から聞かされているので、関わりたくない。 「志村大我っていうんだってさ。なんか、一年生なのにオーラが違うぜ」  志村大我。  絶対近づかないでおこうと肝に銘じた。  だけど、その時。 「あ、あいつだよ、志村大我!」  周囲がざわつく中、一人の男子生徒が目の前を悠然と歩き、通り過ぎていく。 「うわ、背がたっか・・・、足ながっ・・・」  女子生徒たちの悲鳴も聞こえる。  まだ十三歳になるかならないかなのに彼はすでに大人のような風格があり、貴公子そのものだった。  だが、自分が驚いたのは彼にではなく。  ふと見た自分の傍らに、いつのまにか立ち尽くしている新入生だった。  信じられないと、思った。  信じられないくらい真っ白で、すべすべの肌で、頬がぼんやり桃色で。  稲の藁みたいな色の髪に、わけわかんないくらい長い睫、そして、ものすごく薄い茶色の目。  なんなんだ、この子。  こんなの、なんでいるの。  しかも。  花の匂いがした。  正確には、まだ咲いていない、咲く前の花。咲かせようとする木の枝みたいな匂い。  この子…。  Ωだ。  今はぎりぎりβみたいだけど、いずれすごいΩになる。  こんな甘くて気持ちいい香り、今まで嗅いだことがない。  匂いにやられているのか視覚でやられているのか混乱したまま、とりあえず話しかけた。 「あのさ、君の名前は何?」  ぼんやりと志村に見とれたまま、ぼんやりと、ガラスのコップ叩いたみたいな声が返事した。 「なつかわえい」  ぷるんと色づきの薄いサクランボのような唇がかすかに動く。  触ってみたいのを必死で耐えた。  きっと、聞かれたことも答えたことも気が付いてないだろう。  すっかり目の前のαに見とれている。  誰だってそうだ。  そんなもんだ。  αなんて珍種、誰だって初めて見たらそんなもんだ。  とにかく。  クラスが違っていようがなんだろうが仲良くなって、それでそれでそれで・・・。  自分でもわけのわからない気持ちが盛り上がっていくのを抑えられなかった。  いや、落ち着かなくちゃと足元に視線をやったその時、ふと、あることに気が付いた。  ぴかぴかに磨き上げられた小さなつま先。  そして、スラックスの裾。 「・・・あ」  男の子だったのか。  一瞬、頭を殴られたような気になったが、頭を勢い良く左右に振り、ちょっと考えた。  この子は男の子。  でも、きれい。  すごく、きれい。  そして。 「・・・ま。いいか」  この子が欲しい。  絶対、欲しい。  それは、神様の宝を盗むようなものだ。  平穏な日々なんであり得ない。  蜂谷薫12歳。  天の理に挑むと心に誓った。
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