初恋モンスター

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「すげーー!」 男の子たちは高い声をあげている。 女の子たちも賑やかにはしゃいでいるが、透の目に一人の少女が映る。 「ちょっと出てくる」 早織にそう告げると早織は、えーと声をあげた。 「親切も程々にしなよ。親切って時に残酷なんだよ?」 「約束したからさ」 透はそう呟いてたたきにある傘立てから傘を二本手に取り外に出る。 傘を差して向かう先。古アパートの唯一の癒しである紫陽花。それを傘も持たず見つめるずぶ濡れで佇む少女。 「お嬢さん、濡れるよ」 透はそっと傘を差し出す。 「……お兄さん、誰?」 透は、もう一本の傘を開いて少女に渡す。 「ここの住人だよ。傘は返してくれなくてもいいよ。変な人でも関わらなきゃ安心だろ?じゃあね」 少女に無理矢理に傘を持たせて透は踵を返す。 その後ろから少女の声。 「電話!貸してくれませんか?鍵を落としちゃって……」 透は歩みは止まる。 「帰れないの?」 少女は頷いた。その目には間違いなく不安が見て取れる。 「ちょっと待っててな」 透は駆けて部屋に戻り、宿題に頭を捻っている早織の目の前に置かれたスマホを手に取る。 そそくさと再び外に出る透を早織は視線を送る。 「またかぁ」 つい口に出てしまう。 透は少女のもとに戻りスマホを渡す。 「使い方分かる?」 少女は頷いた。 「いつも、お母さんので遊んでるから」 少女は慣れた手つきでスマホを操る。 何とか母親に連絡がついたようで胸を撫で下ろしたようだ。 「お兄さん、ありがとうございます。助かりました」 そう言って少女は透にスマホを返す。 「うん。良かったね。気を付けて帰ってね」 透は再び自室へと向かっていく。 少し歩いて止まり、もう一度少女に声をかける。 「傘は本当に返さなくていいからね」 それを伝えて透は自室のドアを開けて、中へ消えた。 少女は透の姿が消えるまで動かずに透の背を見つめていた。 傘の柄を両手でぎゅっと握ってから雨の中を歩きだす。 「優しい人……」 そう小さく呟いて。
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