合コン

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昼休み。 社会科準備室の椅子に体を傾けた。 「やっと昼か、、、。」 午前中から、担当の教科を教え、少し疲れもあった。 「午後からは進路相談か、、、、。」 ふぅっとため息がこぼれた。 今年は受験生の担任だ。 響が卒業して一年半が経とうとしている。 去年は1年の担任を持ち、受験というものから遠のいて、ゆっくりと一年が過ぎた。 しかし、今年はまた受験生を受け持っている。 分刻みで押している日課。 3年の担任を持つと、この時期は仕方ないとわかっているが、、、、。 夏の暑さもあり、少しバテ気味な重い体を起こし、携帯を取った。 着信あり。 響からだ。 仕事中に電話が来るなんて、珍しい。 メールならあるが、電話とは。 急ぎか? あまり無い事態に、少し驚きを隠せず、携帯の履歴を確認した。 着信3件。 何かあったか? 職員室で昼飯を頼んでいたが、まずこっちだな。 すぐさま掛け直す。 トゥルルル、、、 3回目で聞き覚えのある声。 「もしもし?コウ?」 いつもの安心する声が聞こえた。 「おう、どうした?」 「ごめんね、仕事中に。どうしても伝えたいことがあって」 伝えたいこと? 「なんだ?何かあったのか?」 冷静に聞くが、少し心がざわついている。 「あのね、今日合コンに行くことになっちゃって」 、、、は? 一瞬頭が真っ白になってしまった。 合コン、、だ?? 響も短大2年になり、最近は高校生の時よりも段々と大人びていっているのもわかる。 今までそういった場に行ったという、友達の話を響から聞いたこともあるし、短大生なら通る道なのだろうが。 響には無縁だと安心しきっていたのも事実だ。 まさか真面目で不器用な響から、合コンという言葉が出ることに、驚きが隠せない。 そもそも自分の好きな女が、合コンに行くというこの状況をどう受け入れるべきなのか。 いや、受け入れられないだろう。 「合コンだぁ?。」 呆れた言葉が出てしまっていた。 「あのね、訳があってね、、」 俺の呆れ声に、響も申し訳なさそうに答える。 「ちぃちゃんがね、、、」 そこまで言いかけた響に、俺の利点も効いてしまう。 「千草か。渡辺と喧嘩でもしたか。」 千草が原因なら、これしかないだろう。 「そうなの!!今すごい喧嘩中でね。朝からずっと機嫌悪くて、そこに合コンの話が来たから、行くってなっちゃって、、、」 やっぱり、、、。 そんなところだとは思ったが。 ふぅぅとまたため息が出てしまう。 「で、なんで喧嘩してるんだ?」 どうせくだらない理由だろうが、そんなことで人の彼女を巻き込むのは、納得が行くはずがない。 「なんかね、渚のファンクラブあるんでしょ?。この前ちいちゃんと部活に顔出しした時に、渚の同級生が教えてくれたの。そこで、渚のことを追ってる一年生がいるって。」 ファンクラブ、、、。 あぁ、確かに渡辺は3年になってから、急に一年の女子から人気が出ているという噂は聞いたことがある。 なんでも、春の部活紹介で、弓道部の紹介をした時から、人気が湧いたらしい。 だが、ファンクラブまであるとは知らなかったが。 「それで?」 「その話を聞いて、ちいちゃんが不安になっちゃって、でも、まだ渚は相手にしてないって言ってたから良かったんだけど、、、。」 まあ、渡辺が調子こいて、千草を怒らせるような事にまで発展したんだろうな。 「その一年生の子と渚が昨日デートしてたみたいで。その現場を見ちゃったらしいの。」 あぁ、やっぱり、、、。あのバカ。 「それで腹いせに合コンって訳か」 「そう、、、。止めたんだけど、全然聞かなくて、私も一緒にって強引に、、、。」 はぁ、、、。ため息しか出てこない。 よりによって、合コンとは。 「ごめんなさい。彼氏いるって断ったんだけど、ちぃちゃんが、絶対ついてきて!!って。お願いされちゃって」 まあ、響の性格なら、千草に押し切られたのもわかる。 が、しかしだ。 見も知らない奴の中にいる響を想像するだけで心がざわつく。 事前に連絡してくる響は、響らしいと言えるが。 「ったく、渡辺も千草も。人を振り回すの得意だな」 嫌味な言葉しか出てこない。 「ごめんね。メールで送ろうとも思ったんだけど、直接伝えなきゃと思って。」 そう素直に謝られると、響を責める気にもならない。 「わかったよ。渡辺には後で呼び出して事情聞いとくよ。おまえも、すぐ帰ってこいよ。」 そう言うのが精一杯か。 ほかに言いたい事はあるが、すまなそうな響の声を聴くと、仕方ないと思ってしまう。 甘いな、俺も、、、。 「うん。渚に言っておいて?。ちいちゃん悲しんでると思うんだ。」 「わかった。」 自分の事より、千草を思いやる響。 なんとも響らしいが、、、。 自分の中の嫉妬心も顔を出す。 「何時から?場所はどこだ?」 「ススキノのハナビっていう居酒屋さんで6時半からみたい。」 ススキノって、、、。まさに学生の飲み会だろ。 「おまえ、ススキノ行ったことあるのか?」 「ないよ。友達とご飯行くのだって、大学の近くとかだし。」 だろうな。 響がススキノで合コン、、、。全く想像もつかないし、つけたくもない。 「どこの誰と飲むんだよ。」 探りを入れたくなる。 「三栄大学の二年生だって。全部で8人みたいなんだけど。行ったこともないから、想像もつかないんだけど、、、。」 電話口からは不安げな響の声。 そんなもん行くなと言いたいところだが、千草も絡んでるし、面倒なことになったと響も思ってるようだ。 「行くって言っちまったんなら仕方ないから、行くだけ行って、すぐ帰ってこい。終わったら迎えに行くから。」 「うん!わかった!終わったら連絡するね!」 迎えに行くという俺の言葉で声の色が変わる。 わかりやすい。 そんなところが愛らしいと思うが、、、。 「酒は飲むなよ」 釘をさす。 「飲まないよ!ちいちゃんがおかしなことにならないか見張らなきゃならないんだから!」 「そうだな。見張ってろ。渡辺にはきつく言っておくから。」 「ありがとう!ごめんね!仕事中に。お昼まだ食べてないんでしょ?」 「後で食うよ」 人の昼飯を心配してる場合じゃない。 俺はお前が心配なんだよと言いたいところだ。 とりあえず、響との電話を切って、また深いため息をついた。 「合コンかよ、、、。」 いくら千草と渡辺が絡んでいたって、合コンという衝撃はでかい。 何かあったら、、、響に何かする奴が出てきたら、、、悪い妄想が立ち込める。 「ったく、渡辺も千草も、、、」 少し焦る気持ちを抱えながら、職員室に戻った。 職員室では、理科の狩野先生から声がかかる。 「先生、お昼来てますよ。」 「あ、どうも。後で食べるんで置いておいてください。」 「仕事ですか?」 「ええ、ちょっと。急ぎの用があって」 そう言って校内放送をかける。 「3A 渡辺渚 至急社会科準備室 伊藤まで」 〜〜〜〜〜〜〜〜 昼も食べずに、俺は何をしているのか。 段々とイライラしてきているのが自分でもわかる。 コンコン!! 「ちわーっす!!」 浮ついた渡辺が社会科準備室に入ってくる。 「先生、俺何かしましたっけー??」 とぼけた面を見てるだけで、イライラする。 「おまえ、一年の女子とデートしたって?」 ここは単刀直入に聞く。 「え!!俺?あー、昨日の!?!?もう先生にまで情報いっちゃってるの?」 勢いづいてたのもつかの間。 すぐ冷や汗をかいてあたふたし始める渡辺に、さらに追い討ちをかける。 「モテモテなんだってな。ファンクラブだかもあって?」 「いやーーー、それはなんか周りが騒いでるだけっすよ!!俺は千草先輩だけっす!」 「デートまでしておいてか?」 「違うんすよ!あれはたまたまで!!一回一緒に帰ってくれたら、もう帰り待ったりしないって泣きつかれたんすよ!!」 そう言いつつも、少しはにかんだ笑顔を見せる渡辺の態度を見る限り、本当に嫌がっているようにも思えない。 「おまえなぁ。浮かれてると足元見られるぞ。現に、昨日千草に見られて喧嘩してんじゃねえか。」 「違うんすよ!ほんと!ちゃんと弁解したのに、千草先輩がいくら言ってもわかってくれなくて!。俺も困ってるんすよ!!」 もはや、どうでもいいが。 少しもてはやされて、いい気分にはなったんだろう。 それは察しがつく。 「千草、今日合コン行くってよ。」 俺の一言に、渡辺の顔色が変わっていく。 「合コン!?!?やばいっすよ!それ!。 え、なんで!?!?。せんせー止めてくれなかったんすか!?」 こいつは、、、自分のやったこと棚に上げて。 「自業自得だろ。」 「そんなぁ!!!。やばいって!止めなきゃ!」 焦る渡辺を煽るように、俺も意地悪く言う。 「そうだなぁ。千草なら、ホイホイついてくだろうな。おまえの事なんて忘れて。」 渡辺の顔色がどんどん変わっていくのがわかったが、俺も止められない。 響が関係している。 「傷ついてる女口上手く騙す奴いるからなぁ。大学生なら山ほどいるんじゃねえの?」 「そんなぁ!!どうしよう!どうしたらいいんすか!俺!!」 青ざめる渡辺に、ここまでにしてやるかと言う気持ちも芽生えてくる。 「ったく、、、。ススキノのハナビっていう居酒屋で6時半からだとよ。ぶち壊すなり、連れ戻すなり、本気で手放したくないと思うなら、自分で考えろ。」 あとは渡辺が決める事だ。 好きにすればいい。 本気で好きな女なら、、、。 渡辺を残し社会科準備室を出る。 「俺も人のこと言ってる場合じゃねえよな。」 本気で手放したくない女なら、合コンなんて行かせたくない。 それが本音だ。 〜〜〜〜〜 午後の進路相談の内容は所々とんでいて、 頭に入っているような、いないような。 そんな浮ついた気持ちのまま、夕刻を迎える。 響からの連絡はない。 時計は17時半を過ぎようとしていた。 まだ日が落ちない。 「先生まだお仕事ですか?」 他の先生達が帰っていく中、俺は職員室で進路の資料に目を通していた。 「ええ。まだもう少し仕事がありまして。お疲れ様でした。」 「お疲れ様です。三年生の担任は大変ですね」 本当にそうだ。 だが、資料も集中できず、時計の針ばかり見ている自分がいる。 あと1時間で、響たちの合コンは始まる。 渡辺がぶち壊しに行ったとしても、千草が先に帰ったとしても、響は途中で友達を置いて帰るような事はしないだろう。 と、その時机に置いてある携帯が鳴った。 響からのメールだ。 「渚と仲直りまだできてないみたい。 ちいちゃん、大丈夫かな?」 響はいつもそうだ。 短大に入ってからも、親友の千草をいつも思いやり、親身になって相談を受けてきた。 渡辺と幸せでいる千草が一番好きなんだろう。 「渡辺には言ったよ。止める気でいるようだから、場所も時間も教えたぞ。大丈夫だよ。仲直りするだろ。」 これが大人の対応なのか?と思うことが最近多い。 確かに俺は響より9も年上で、元教師で、そんな大人な俺を頼ってくれる響がいて、、、。 大人で理解力があって、包容力があって、、そんな俺を好きでいてくれるのもわかっているが。 時計を見ては、焦る気持ちを抑えられないでいる、俺は大人なんかじゃない、ただの男だと思う事が増えている気がする。 響の前では、好きな女の前では、本当にただの男なんだよな、、、。 「ありがとう!。仲直りしてくれるといいな。渚来るのかな?。ちぃちゃんとちゃんと話せば大丈夫だよね!」 天真爛漫なメールを見て、ふっと笑みがこぼれた。 まぁ、信じるしかないよな。 〜〜〜〜〜 さて、どうすっかな、、、。 時計の針は19時を回った。 「そろそろ帰るか。」辺りは暗くなり始めていた。 学校を出て、駐車場へと向かう。 このまま迎えに行くか。 ススキノあたりのパーキングで止めて待つか。 エンジンをかけたその時、電話が鳴った。 響からだ。 まだ飲み会始まったばかりだろう。 終わるには早い時間だ。 「おう、どうした?」 「もしもし?コウ?。終わったよ!」 電話口からは明るい響の声。 「早くねえか?」 「渚が来たの!始まってすぐ!」 ぶち壊しに行けとけしかけたのは自分だが、本気で行くとは思っていなかったのも事実で。 「は?マジで?」 「うん!!ちいちゃん連れて行かれちゃって」 マジでやったか。 その場の雰囲気を考えると多少いたたまれなくもなったが。 「それで?」 「相手のほうも一人来れなくなったから、友達が、私も帰っていいよって言ってくれたの! 彼氏さんいるんでしょ?って言ってくれて!」 安堵に包まれている自分がいるのがわかった。 とりあえずよかった。 「いますぐ迎えにいくわ」 「うん!待ってるね!」 アクセルを踏み、急ぐ気持ちが抑えられないでいる。 響に会える。 会いたいと強く思った。 ふっと笑みがこぼれる。 「渡辺もやるな」 ススキノから駅の方へ歩いている響を見つけ、車で横付けする。 「コウ!早かったね!」 笑顔の響が愛らしい。 助手席に乗り込み、「ただいま」と言う響をすかさず抱きしめた。 「おかえり」 「ごめんね、心配かけちゃって。」 「何もなくてよかったよ、ほんと」 そう言う俺の胸の中で、クスクス笑って響きが答える。 「何もないよー。絶対ない。」 「もう合コンはやめろよ」 もう、合コンはこりごりだ。こんな気持ちになるのも、もうこりごりだよ。 「もう行きません。」 響ははにかんだ笑顔でそう言うと、俺の頬に軽くキスをした。 車の中で後で聞いた話だが、渡辺は制服のまま、恐ろしい形相で、その場に現れ、千草の手を引いて無言で出て行ったらしい。 他の奴らはポカンとしていて、一体何が起こったのかわからなかったくらいだったと響が笑いながら教えてくれた。 そのあと千草と渡辺は仲直りしたらしい。 響は車の中で「なんであんな会が楽しいのかなー。知らない人とご飯食べても楽しくないよねー?」と言っていた。 いつまでもそのままのおまえでいてくれ。 俺はその話を聞いて、「おまえらしいな」と笑った。
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