~1~

2/5
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
 業務用エレベーターで1階に着くと、犬をそっと下ろす。犬はぷるぷるっと身震いし、前足をぐっとストレッチ、準備万端である。マンションの裏門のロックを解除しドアを開ける。まだ5cmも開いてないが、犬は鼻先をドアの隙間に突っ込み、外に出たくてたまらない。ドアが開くと犬は飛び出していくが、リードはカラビナでしっかり男と固定されている。  だが外に出た犬は走ろうとせず、男をじっと見上げる。男もじっと犬を見下ろす。二人は見合ってピクリとも動かない。そして5秒ほどたったとき、男がピクッと体を動かす。それを合図に犬は全力で駆け出す。もちろん男も負けじと走り出す。リードを引けば犬は止まるのだが、ここでリードを引いたら負けだ。男も全力で走る。20mほど二人で全力疾走し、小さな交差点で止まる。犬は地面の匂いをクンクンと嗅ぎ、男は膝に手をついて息を整える。この場所は犬たちの伝言板なのだ。きっと朝のメッセージの返事を確認しているのだろう。この犬、犬嫌いのくせに、伝言だけは必ずチェックする。直接会っても話せないがメールやLINEは大好きな今時の若者そっくりだ。  犬は再び男を見上げる。だが、今度は『かけっこ』の要求ではない。 (水!)  男はポーチからペットボトルの水を出し、犬は男の手の平から水をペロペロと飲んだ。犬はようやく落ち着き、耳の先が少し垂れ下がる。男はリードを左手で少し引き上げる。犬は『ヒール(かかとに付け)』のコマンドだとわかる。二人は夜の町を歩き始める。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!