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 交差点、信号待ち。男が立ち止まると犬も立ち止まる。男は左手を下ろし手のひらを開くと、『ステイ(待て)』のコマンド。そのまま手の平を下に向ければ『シット(お座り)』のコマンドである。信号が変わるまで犬はピタッと男の左足に寄り添って座って身動きもしない。信号が変わり男が歩き始める。コマンドはなくても『ヒール』である。前方から3匹のポメラニアンがぐちゃぐちゃになってやってくる。二人とすれ違う時きゃんきゃんと吠え、飼い主がオロオロしているが、男と犬は『ヒール』のままやり過ごす。 「よしよし!」  男はトリーツをひとかけら犬の口に入れる。 (どうも!)  しかし、次の角を曲がると再び駆けっこの道である。犬はピタッと止まり、男を見上げる。男も身動きせず犬を見下ろす。そして、5秒後、二人は再び全力疾走するのだった。散歩は1時間続き、ようやく二人は部屋に戻った。  犬は男の顔をペロペロ舐める。お散歩ありがとうの感謝の気持ち、犬なりの愛情表現だ。この行為をやめさせるしつけ教室もあるが、男は好きにさせていた。犬に愛されたくて一緒にいるのではないのか? (いい散歩だったわ!かけっこはわたしの全勝ね!) 「いやいや、最初のはギリギリ僕の勝ちだと思うね」 (あなたが転ばないように減速したのよ!) 「じゃ、同着?」 (いいよ、それでも。でも2回戦はわたしの圧勝だから!) 「まあ、足が4本もあるしね」 (本数の問題?)
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