~5~

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 目を覚ますと、もう外は明るい。平日は出勤前に30分散歩するので、まだ薄暗い6時には起きる。だが、今日は日曜日、ゆっくり寝坊できるのだ。時計は8時を回っていた。ちゃんと寝室もあるのだが、男は犬のケージのあるリビングのソファーで寝ることが多い。  薄目を開け、ケージの方を見ると、クロエがきちんとおすわりして、じ~っと男を見ている。無言の圧力。あたかも、わたしは6時に起きて、もう2時間も散歩に行くのを待っております、と言っているようだ。だが、絶対嘘である。さっき、ガチャガチャ音がしていたから、多分数分前からおすわりしているのに違いない。だが、ピクリともしない不動の姿勢、凝視する黒い瞳孔。男もしばらくはじっと見返す。クロエの首はだんだん長く伸び、口元は我慢できずワナワナしだす。  負けだ、完敗だ。  男はベッドから体を起こす。犬は後ろ足でぴょんと立ち上がると、前足を柵にかけ、いつもの左右往復運動が始まる。ガチャガチャいう音を聞きながら、着替えて、ななめポーチ、抱っこネットをセットすると、リードを付け散歩に出かける。  日曜の朝は、平日の早朝とは一味違う。犬とよく会うのだ。そして、一番気をつけないといけないのが、クロエの天敵、獰猛なロットワイラーである。すぐ近くのお寺の住職、とは言っても婿養子のチャラ男が飼っている、極めて凶暴、極めて巨大、極めて危険な猛獣である。散歩というか、飼い主はただ引きずられて歩いているだけであり、近隣のすべての犬に吠えかかり、何一つコマンドを理解せず、我が物顔でのし歩く。クロエはこのゴリアテに果敢にも吠え返すが、もちろんひと噛みされれば、お陀仏である。お寺の犬だけに・・・。  男はラグビーボールのようにクロエを小脇に抱えると、一目散に立ち去るのだった。クロエの小さな心臓がばくばくしているのが感じられた。 「クロエは僕を守ろうとしてくれたのかな・・・」
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