~2~

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 男は、ダイニングに腰掛けて、犬のスケッチをながめた。舌を出して口のまわりを舐めているポーズだ。お世辞にも出来がいいとは言えない。 (ごはんを食べたあとだったかな?)  クロエにとって朝と夜のごはんは、散歩とともに一大イベントだった。男がごはんの準備をしているとわかると、待ちきれなくなってウロウロ、口のまわりをベロベロ舐め回した。そして食事は瞬く間に終わり、口のまわりを今度は舐めてきれいにした。この絵は落ち着いているから食後のペロリなんだろう。いや、それともまだ食前で、おすわりでお利口に待っているが、我慢できず舌なめずりしていたところかもしれない。  男はクロエから数えきれないほど舐められた。その感触がだんだん思い出されてきた。犬は愛情の表現として顔を舐める。散歩に連れて行ってくれてありがとう、遊んでくれてありがとう、感謝の表現として舐めるのだ。そして、舐めることは服従の証でもある。愛情の表現と服従の表現が同じなのは、人間には不思議にも思える。人はむしろ威嚇され服従するものだ。だが、犬は違う。好きだから従うのだ。男はクロエのペロペロが嬉しかった。孤独な男には、自分を心から愛してくれる小さな友達が必要だったのだ。だが、男はまた一人になってしまった。  男は色鉛筆のピンクと紫、薄い灰色を重ねて犬の舌を丁寧に仕上げた。 (本当はもっとハムみたいに薄くて、にゅるっとしてるのだが・・・)  男は自分の画才のなさに失望するのだった。しかし、絵を描いている間は、クロエと一緒にいることができた。
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