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もしかしたら妹の葵にピアノの才能が無ければ、紫はこの自殺願望から逃れられたのかもしれない。葵のように特別な才能に恵まれた子どもの側で育ってしまったことは紫にとっては不幸せなことだった。
四つ年下の妹は紫がピアノを習い始めた頃に生まれて、三歳になる頃には葵のマザーGが特別な子どもであることを認めた。両親が輝くような笑顔で喜び、感動するのを、普通の子どもの紫は何が起きているのか理解しておらず、唖然としたものだった。
妹が成長するにつれ、段々と紫も分かってきた。妹のようにマザーGに特別だと言われなかった自分は、特別な子どもではないという烙印を知らないうちに押されているのだ。
「大人になったら何になりたいか?」両親やマザーGは紫に幾度か尋ねたが、紫が口にした夢や希望に両親は苦笑いし、マザーGは巧みに紫の興味が他に移るようにはからった。次第に紫は「なりたい」ではなく「何だったらなれるか」とういう考え方に落ち着いた。
紫が中学生の頃には葵は大人とコンサートに出演するようになっていた。天才と各方面から賞賛され、本人も輝いていた。せめて葵がピアノが嫌いで才能に振り回されている状態であったなら紫の胸も痛まなかったかもしれないが、葵のマザーGは葵がピアノを嫌いになってしまうようなヘマはしなかった。
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