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十一月の空は重たい鉛色になろうとも決して雪をふらせようとはしない。雪よりも冷たい雨を降らせて、それが傘から時折外れてしまう肩を濡らすのだ。じわじわと滲む冷たさはいつのまにかすっかりと体温を奪ってしまう。雪よりももっと残酷だ。けれども今の状況にはぴったりの寂しさを誘ってしまう。佐良山紫は、まるで映画のワンシーンのように思えてしまった自分を恥ずかしく思い、身震いをする。寒さが余計に身にしみた。
読経の声に段々と近づいていく。焼香に並んだ長い列の後ろ姿はほとんど皆同じだった。都立東京第一高等学校の制服の濃紺のブレザーだ。クラスメイトの死を悼みに来たはずの生徒たちの表情はそれぞれに複雑だった。悲しんでいる顔、困ったような顔、怒っているかのような顔、憮然とした顔。しかし、表情こそ違えど皆考えていたことは一つだった。死んだクラスメイト、津山雅は何故死んだのかということだった。
「紫、ねえってば」
自分のすぐ後ろに並んでいた亀甲翠に声をかけられて紫は振り返る。その動きに合わせて紫の傘から翠の肩に水が纏めて滴り落ちた。冷たい水が染み込んでいく不快さに翠の眉間にシワがよる。
「わ、ごめん」
「ううん。大丈夫。それよりもさあ、雅のマザーGってどうなるのかな? 誕生日まだだったでしょ? まさかと思うけどスクラップになったりしないよね?」
「どうだろう? かなり昔の判例では、こどもが自殺した場合スクラップになってたって話だったけれど、十八歳までに自殺する人自体今ほとんどいないでしょう? 今のマザーGはこどもの死をほとんど回避できているってよくニュースでも取り上げられていたし、私、自分のマザーGに聞いてみたことがあったんだけど、あらゆる危険を察知出来るから昔は虐待や事故は完全に防げたし、自殺も防げているって言ってたよ」
翠は紫の話におや? と思った。
「ねえ、紫はどうしてそんなことを自分のマザーGに聞いたの?」
自分の心臓を手探りで掴まれたような緊張が走ったが紫は動揺を悟られないように極めて平坦にこういった。
「だって『死』って怖いから、気になるじゃない?」
「そっか。それもそうだね」
翠の関心がご焼香の列がなかなか進まないことに移って紫はほっと胸をなでおろした。
人工代理母マザーGの礎であるガイアの研究開発は本来は『種の保存』を目指すものだった。絶滅危惧種の繁殖及び保護を目標に掲げられた研究が歪んだのは、2038年、天才と聞こえ高かった誕生寺登博士が不妊に苦しむ自分の妻のために自分の研究を私物化してしまったことに始まる。
当時は神への冒涜である。と当然の批判が集まったが、医学的にこんなにも完全に安全な出産がないことを誕生寺博士は主張し続けた。
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