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――――――――――――――――――――  ゲイブへ  あなたのお手紙を拝見し、私も思い悩んでおりました。  あなたは人を愛したことがありますか。この問いは、あなたを困らせるつもりもなく、また、深く考えてもいない、戯れの問いでした。それが、あなたをかように悩ませることになるとは、思いもしませんでした。  愛とは、なんなのでしょうか。  私は愛を知りません。私の父は私を憎んでおります。召使いたちは私を大事に扱ってはくれますが、誰ひとりとして私を愛している者はおりません。いいえ、それどころか、この国中を捜してみたところで、私を愛する者など見つからないでしょう。  ただひとり私を慈しんでくれた母も、不義という罪を犯した人です。私はこれを、愛に対する罪であったと思います。ですから、愛を裏切られた父は、決して母を許すことができぬのでしょう。  では、私は、何を愛と思えばよいのでしょうか。  知らぬものをどう思えばよいのか、私にはわかりません。ただ、あなたのことを考える時、あなたのお手紙を読む時、あなたのお姿を見る時に、私の胸に炎のようなものが灯るのです。それは小さな明かりですが、私の心を照らし、あたためてくれる、とても素晴らしいものです。  これを、愛と呼んではいけないのでしょうか。  お慕い申し上げております。      レア ――――――――――――――――――――  ゲイブは眉間に皺を寄せていた。途中で何度もつかえつつ、どうにか最後まで読んだ。  レアディールの父と母、すなわち領主と前の奥方のことが書かれている。あの初老の男――彼が内容を改めているのかどうかは不明だが、ともかく、よくこれを許したものだ。  これまでレアディールは注意深くその話題を避けてきた。ゲイブが父と母について書いても反応しなかったのだ。てっきり書けないのだとばかり思っていたが、書きたくなかったのかもしれない。  直視したくない現実。  それを、レアディールはあえて言葉にしてきた。  ゲイブはもう一度頭から読み直した。  ――愛と呼んではいけないのでしょうか。  ――お慕い申し上げております。  だが、ゲイブには応えられない。そういうふうには、彼のことを愛してはいない。  レアディールを愛せるのだったら、どんなによかったか。  たとえ触れ合うことはできず、自分も傷つくのだとしても、その方がまだ誠実だった。これほど清らかで純粋な心を差し出してくるレアディールに、自分は同じものを返せないのだ。  どうしたらいい。どうしたら。  ゲイブは両手で顔を覆った。忘れた方がお互いのためだと神父が言ったのは、まさしく正鵠を射ていたようだ。  しばらく返事を書けなかった。二日経ち、四日経ち、六日経った。ゲイブはレアディールの手紙を懐に収め、あまり彼の方を見ないようにしながら、日々の仕事を続けていた。  親方に声をかけられたのは、そんな時である。 「どうした?」  ゲイブはぎくりと身を震わせた。 「別に、どうもしません」 「お前なあ、塗り跡を見りゃあ何かあったなってことはすぐわかるんだよ。で、一体どうした?」  ゲイブはなおも黙っていた。  親方が唸った。 「女か?」 「違います。なんでもないですよ」 「話せねえような相手か」  ゲイブはまたしてもだんまりを決め込んだ。その通り、話せないような相手だ。それに、親方にはきっと理解できぬであろう――顔もよく知らぬ、近づくこともできぬ、ただ文でしか知ることのない相手を、どう想えばよいかわからずにいるなどと。  親方はついに諦めて、両手を広げた。 「わかった、話したくねえならそれはそれでいい。だが仕事はちゃんとやってくれよな。もうすぐ工事も終わりなんだからよ」  ゲイブは思わず西の塔を見上げてしまった。  レアディールは気付いているだろうか? 毎日教会を眺めているのだから、きっと予想はついているであろう。  もうすぐ工事は終わる。教会が元通りになったら、彼の窓からゲイブは見えなくなるのだ。
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