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レアへ
お元気になさっていましたか? 俺は仕事がそろそろ一段落して、ほぼ終わります。教会の工事は大変でした。だけど、あなたが見ているのだと思うと、怠けるわけにはいきませんでした。
工事が終わるせいか、俺もいろいろと忙しくて、あなたにお返事を書くのが遅れてしまいました。俺は
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ゲイブは頭を抱えた。
「すみません。やっぱりやめます。書き直したい」
「ええ、構いませんよ。一から書き直しますか?」
「はい」
神父は一度書いた手紙を丁寧に折りたたむと、脇へよけた。
あんな取り繕った内容では、レアディールに失礼だった。レアディールはいつでも正直に自分の心情を書いてくれていた。だから、ゲイブも正直にならなければならない。
だが、正直になるということは、とりもなおさず彼の気持ちを拒絶するということだった。
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レアへ
なかなかお返事を書かずにいてすみませんでした。これを書いたらきっとあなたを傷つけてしまうと思ったから、なかなか書けずにいました。
俺を慕っていると言ってくれたこと、ありがとうございました。お気持ちは嬉しいです。だけど、俺には応えられません。
こんなことをしていてなんになるのだろうと、最初から思っていました。だって、そうではないですか? 俺とあなたは、本当の意味では会うこともできないのです。手を触れることや抱きしめることはおろか、お声を聞くことだってできないのです。それなのに、どうして愛を語り合えるというのでしょうか。
こんなことを書いてすみません。でもこれが俺の本心です。慕っていると言われても、俺にはどうしようもありません。
レア。あなたは、最初のお手紙で俺があなたに手を振ったと書いていましたね。それで、俺のことが気になるようになったと。だけど、俺はそれを覚えていないのです。あなたに気付いたのではありません。それどころか、お手紙をいただいて、神父様にお話を聞くまでは、あなたのことを全く知りませんでした。
俺はあなたに何もしていないのです。あなたが思っているような男ではありません。あなたに想われるような、そんな上等の人間ではないのですよ。
がっかりされたことと思います。嫌な気持ちにもなったでしょう。傷つきましたよね。だからもう、俺のことは忘れてください。本当にすみませんでした。
もうあなたにお手紙を書くのはやめにします。結局最後まで神父様の代筆のままでした。俺はそんな情けない奴です。
ゲイブ
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「こうまで書くほどのことをなさったとは、私には思えないのですがね」
神父が言った。
「レアディール様の方でも、あなたに多くを求めているわけではありますまい。ただ、文を送り合う相手が欲しかったというだけのことではありませんか?」
この言い草に、ゲイブはむっとして前回の手紙を突きつけた。
「これを読んでもそんなことが言えるのですか?」
――お慕い申し上げております。
そこにはレアディールの剥き出しの愛情が現れている。神父はちらとだけそれを見たが、あとは目を背けていた。
「これ以上続けていたって、どうすることもできないでしょう。俺にどうしろというのですか? 塔の外壁でも上って、あの方を攫ってしまえとでも?」
「いいえ! なぜそのようなことを? 私は、何も手紙を書くこと自体をやめずともよいのではないかと申しておるだけです」
「あの方を傷つけるだけですよ! 俺には何もできないのに!」
唐突な沈黙が訪れた。ゲイブも、神父も、言うべき言葉を持たない。
レアディールはあの塔から出ることができない――そう言ったのは神父だ。壁の内に囚われた者と、心を通じ合わせることなどできるものか。
「俺はあの方を慰めたいと思いました。だけど、そんなのただの思い上がりだった。俺はあの方を変に期待させて、結局何もできなくて、最後には余計に傷つけてしまうだけなんだ」
「あの方は、あなたにはどうしようもないということもご承知の上だと思いますよ。期待など……」
「やめてください。俺は、あの方には誠実でいたい」
「誠実でいようという答えが、手紙を出さないということなのでしょうか」
「いけませんか?」
ゲイブは鋭く切り込んだ。
神父は首を振る。
「いいえ。申し訳ありません、出過ぎたことを言ってしまいました」
そこから神父は喋らなくなった。無言のまま便箋を折り、封筒に入れて、蜜蝋を落とした。もちろん紋章はない。少し冷めたところで、神父が親指で押すだけだった。
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