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「痛々しい恋文ですね」
読み終えた神父が言った。
ゲイブは口をへの字に曲げている。正直言って、気持ちが悪かった。どこの誰だか知らない――名前から、領主の息子だということはわかったが、とにかく会ったこともない奴、しかも男に、熱烈な手紙をもらったところで嬉しくもなんともなかった。
第一彼がなんのことを言っているのかわからない。振り返って、手を振った? 先月? そんなことしただろうか?
「どうなさいますか?」
神父に訊かれても、すぐには答えられなかった。
「どうと言われても……俺には何がなんだか……」
「手を振ったとありますが、覚えていますか?」
「わかりません。覚えていません」
「そうですか。勘違いということもあり得ます。何せ、レアディール様は西の塔からご覧になっているのでしょうから」
神父は木陰を出て、領主の城を指差した。日暮れである。逆光に遮られ、西の塔は影のようにしか見えない。
城は丘の上にあり、その西側の一番端の建物が西の塔だった。教会が位置しているのは、丘の麓である。そのため、西の塔から教会を見ていると言われれば、それは見えるかもしれないと思いはするのだが。
奇妙なのは、西の塔は城の外壁に近いという点だった。居住部分からは、遠く離れているはずである。
「領主様の息子は、城の警備でもしているんですか?」
おかしな話だと思いながら、ゲイブは尋ねた。
神父はまだ西の塔を見上げている。
「いいえ。西の塔にお住まいなのですよ。あの塔は、代々領主様のお身内の罪人を幽閉するために使われているのです」
「幽閉? 本当ですか?」
ゲイブも西の塔に視線を移した。急にそれが、異形の魔物のように見えてきた。
「じゃあ、そのレアディール様も、幽閉されているっていうんですか?」
「ええ。まあ、幽閉といっても、不自由のない暮らしをなさっているとは思いますがね。現にこうして、教育も受けていらっしゃるようですし。ただ、外に出られない、というところだけ、不自由ではありましょうが」
神父は、ゲイブの手に手紙を戻した。
流れるような筆跡だ。上等な教育を受けていなければ、こんな字は書けまい。幽閉? 不自由のない幽閉とは、なんだ? 職も教育も充分に与えられる幽閉か?
外には出られないというだけで、あとはなんでも与えられているのか。庶民があくせく働いている横で、全くいいご身分だ。
貴族の考えることは理解できない。ゲイブは苦々しく思った。
「どうなさいますか? もしもお返事なさるなら、代筆しても構いませんが」
神父が言った。
ゲイブは舌打ちする。
「返事なんてしませんよ。俺には関係ない。こんなもの、冗談じゃない」
そもそも返事を書いたところで、どうやって領主の息子に届けるというのか。しかも彼は幽閉されているという。城に近づくだけでも困難なのに、その西の塔にどうやって行けと?
馬鹿馬鹿しい。
ゲイブはレアディールの手紙をぐしゃりと握り潰した。こんな恋文など、迷惑なだけだった。
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