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3
しゃんと背筋を伸ばし、真っ直ぐ歩く、初老の男。
真っ先に気付いたのはゲイブだった。初老の男が神父のところに行く前に、自分で走っていって彼を捕まえた。
「俺に用事だろう?」
初老の男は不快そうに眉を上げた。
「ええ、そうですよ。お手紙を持って参りました」
ゲイブはその差し出し方が気になった。手紙の端の端を掴み、いっぱいに手を伸ばして、できるだけ自分から遠ざけようとでもするかのようだった。
前はここまでではなかった。気の進まない役目なのだろうという素振りはあったが、こうまで嫌悪感を露わにしてはいなかった。
ゲイブも不快だった。
「ひとつ訊いてもいいか? あんたはあの方をどう思ってるんだ?」
初老の男が眉を上げる。
「どう、とは? お尋ねの意味がわかりませんが」
「主人なんだろう? 少しは敬ってるんだよな?」
「お尋ねの意味がわかりません」
慎重な男だった。下手にレアディールに同情を示しでもすれば、彼の地位が危うくなるのかもしれない。
ともあれ、ゲイブは手紙を受け取った。自分では封を切らず、神父を捜した。
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右目の傷の方へ
夢のようでした。
本当にありがとう。
レアディール・クランバイン
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「それだけですか?」
ゲイブは驚いて声を上げた。
「ええ、これだけですよ」
神父は便箋を開いたままゲイブに返した。思いの丈を綴った前回のものとは異なり、今日の手紙に書かれているのはわずか数行である。筆跡は前と同じく美しかったが、一か所だけ、インクが滲んで点になっていた。
そこでためらったのだ。何を書くか、どう伝えたらよいのか。レアディールはそこで立ち止まり、迷い、最後にはこの数行しか書けなかったのだろう。
――夢のようでした。
――本当にありがとう。
彼が書いているのは、昨日ふたりが目を合わせたことだ。手を振り合ったこと。あの逢瀬が、自分の夢であったとレアディールは言っている。
あんな些細なことが、手紙を書かずにはいられないほどの至福であったと。
領主の息子として生まれながら、恋した相手が窓の向こうの左官職人とは。
本来ならば、彼にふさわしい相手はやんごとなきご令嬢であっただろうに。こんなこと、間違っている。
ゲイブは西の塔を仰ぎ見た。レアディールはカーテンに半ば隠れていたが、今日はそこにいることがはっきりとわかった。
「神父様。返事を書きたいのですが、代筆していただけませんか」
ゲイブが切り出すと、神父は瞼を伏せた。代筆してもいいと最初に言ったことを、後悔しているかのようだった。
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レアディール・クランバイン様へ
初めまして。お手紙をありがとうございました。
すぐにお返事を書かず、申し訳ありませんでした。どうお返事してよいのかわからなかったのです。あなたは領主様のご子息だというし、俺はただの左官職人なので、とても話が通じるとは思えませんでした。
お手紙をいただいてから何度か塔を見上げているのですが、ここからではあなたのお顔はよく見えません。あなたからは俺の顔が見えているのでしょうか? 見られていると思うと、少し恥ずかしいような気がします。俺はあなたが思っているようないい男ではないし、本当に平凡な、つまらない奴です。だけど、あなたがそれでもいいとおっしゃるなら、時々手を振ることにします。
ゲイブ
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