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 こんな内容でよかったのだろうか。  我ながら下手くそな手紙だった。代筆をする神父も、時折首を捻るような仕草を見せていた。こんなものをもらって、レアディールが失望しないだろうか。  しかし、かといって上手な言い回しなど思いつくわけもない。  問題は、これをどうやって西の塔に届けるかだが。 「私の知り合いが城で働いています」  神父が言った。道理で城の事情に詳しいはずである。 「その人は、西の塔へは行けるのですか?」 「塔の担当ではありませんので、入ることはできないでしょう。ですが、レアディール様に手紙を届けるのは、そう難しいことではないように思います。当然ながら開封されて確認されるでしょうが、問題ないと判断されれば、届けていただけるでしょう」  神父は教会の使い走りの少年を呼び、よく言づけて城に向かわせた。  それから数日経って、返事が来た。初老の男は苦虫を噛み潰したような顔であった。それとは対照的に、レアディールの手紙はそれまでの悲愴さが鳴りを潜め、浮かれた調子で綴られていた。 ――――――――――――――――――――  ゲイブ様へ  あなたからお手紙をいただいたこと、とても嬉しく思っています。何度も、何度も読み返しております。あなたの字、あなたの書かれた文章、あなたがお返事をくださったという事実が、私をどれほど幸せな心地にさせているか、あなたには想像もつかないでしょう。  あなたのお名前を知りました。ゲイブ様とおっしゃるのですね。素敵なお名前です。昨夜、皆が寝てしまった後で、声に出して呼んでみました。胸があたたかくなるような、不思議な響きがありました。  私の窓からは、あなたがよく見えます。あなたのお顔も、あなたが漆喰を塗っている手元も、私には見えているのです。どうか恥ずかしいなどとお思いにならないでください。あなたのお仕事も、私には興味深いものなのです。あなたの手がなめらかな壁を作っていくのを、私はいつも驚嘆の思いで見つめております。あなたの手は、まるで魔法の手です。  つまらない者だなんてとんでもない。あなたは私の世界を変えてくれた方。私にとっては、この世の誰よりも尊い方です。  私のことは、どうぞレアとお呼びください。      レアディール・クランバイン ――――――――――――――――――――  ゲイブは慌てた。神父に代筆してもらっていることを、手紙に書き忘れてしまった。レアディールは神父のかっちりした字をゲイブの字と思ったに違いない。  それで、すぐに返事を出した。 ――――――――――――――――――――  レアディール・クランバイン様へ  レア様とお呼びすればよろしいのでしょうか。あなたに謝らなければならないことがあります。  実は俺は字が書けません。前回の手紙は、神父様に代筆していただいたのです。ですから、あれは俺の字ではなく、神父様の字です。  もちろんこれも、お書きになっているのは神父様です。  がっかりなさったでしょうね。申し訳ありません。嘘をついたのではなく、本当に、ただ書き忘れてしまっただけなのです。  取り急ぎ。      ゲイブ ――――――――――――――――――――  レアディールからは、笑っているような雰囲気の返信が届いた。 ――――――――――――――――――――  ゲイブ様へ  お手紙の字はあなたの字ではないとのこと、おっしゃる通り少しがっかりしましたが、それはあなたにではなく自分自身にです。神父様の書かれた字をあなたの字だと思い込んで眺めていたのかと思うと、恥ずかしく、また可笑(おか)しくもなりました。  けれど、字はどうあれ、あなたのお気持ちがこもっていることに変わりはありません。こちらこそ、勘違いであなたに気まずい思いをさせてしまい、申し訳なく思います。すぐに知らせてくださってありがとうございました。  またお手紙を書いてもよろしいでしょうか? あなたとお話ししたいのです。      ただのレア ――――――――――――――――――――  ――ただのレア。  つまり、敬称を省いて欲しいということだろう。おかしなことになった。いや、おかしいと言えば最初からおかしいが、まさかこの自分が領主の息子を愛称で呼ぶことになるとは思いもよらなかった。 「お返事はどうなさいますか?」  神父は、困った顔で手紙とゲイブとを見比べていた。 「二、三日考えさせてください。こんなことを続けるべきなのかどうか、俺にはわかりません」  ゲイブはレアディールが寄越した手紙を繰り返し見た。神父が読んでくれた内容は覚えていても、手紙そのものは読めない。きれいな記号が並んでいるだけの、無用の長物に見えた。  これを読めたらよかった。  そして、自分で返事を書けたらよかった。  そうすれば、神父を煩わせることもなく、また、自分宛の恋文を他人に読み上げられていたたまれない思いをすることもなかっただろう。  ――またお手紙を書いてもよろしいでしょうか?  これに、どう返事をすればいい?  俺はあの方をどう思っているのだろう。ゲイブは我ながら疑問に思った。最初は気持ち悪いと思い、それから哀れだと思い、いまは……ほんの少し上向いてきたであろう彼の心の行方を、見守りたいと思っている。  こうして取り交わす文が、レアディールには貴重な娯楽であるのかもしれない。あるいは、唯一許された外との交わりか。  何も彼と付き合えというのではない。ただ、手紙を往復するだけだ。ならば別に、ゲイブとしては何も変わるところなどないのではないか。  「ただのレア」から三日ほど経った夕方、一日の作業を終えてから、ゲイブは神父に話をした。 「読み書きを教えてください」 「それは構いませんが、では字が書けるようになるまでお返事は保留なさるのですか?」 「いえ……。もし、神父様がお嫌でなければ、俺が字を書けるようになるまで代筆していただきたいのですが」 「そうですか。ええ、そう、そうですね。あまり返信をお待たせしては、あの方も悲しまれるでしょうから」 ――――――――――――――――――――  レアへ  前のお手紙に「ただのレア」とあったので、そうお呼びすべきなのかと思い、「レア」と書かせていただきました。ご無礼でないとよいのですが。  俺のことも、ただのゲイブにしてください。様なんて呼ばれると、なんだかむずがゆいような気がします。  お手紙ですが、こんな俺でよければ、どうぞお書きになってください。俺からのお返事は、相変わらず神父様に代筆を頼んでいますが、なるべく出すようにします。      ゲイブ ――――――――――――――――――――
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