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――――――――――――――――――――  ゲイブへ  このところ晴れの日が続いております。朝目が覚めて、青空が広がっているのを見ますと、なんとも言えず嬉しい心持ちになります。  あなたはいかがでしょうか。晴れた日がお好きですか? それとも、雨の日も風情があるとお思いになるでしょうか。  お仕事のない雨の日、あなたは何をしていらっしゃいますか?  雨が降りますと、私はおとなしく読書をすることにしています。あるいは、雨粒を眺めます。窓際にランプを置くと、ひとつひとつの雫に光が映って、とてもきれいなのです。くだらないお遊びだとお笑いになりますか? でも、どうぞあなたも一度なさってみてください。時を忘れるような美しさです。  雨が上がった後の、背伸びをしているような空が好きです。草も、木も、そして小鳥たちも、のびのびと嬉しそうにしているのが、私も嬉しいのです。そう思うと、雨も決して悪くはありません。  あなたがお仕事なさっている教会には、大きな林檎の木が生えていますね。毎年春先にはその木に小鳥が巣を作るのですが、お気づきでしたか? 昨日見てみましたところ、今年の春の巣がそのまま残っておりました。残された巣は、また来年の春使われることもあるとか。  私の窓にも小鳥たちが来てくれないかと思い、パン屑を撒いたことがあるのですが、汚してはいけないと叱られてしまいました。もう随分前のことです。いまは、小鳥たちが教会の木の林檎を突つくのを眺め、あの林檎は甘いのか酸っぱいのかと思いを巡らしています。  もし、あなたが教会の木の林檎を食べることがありましたら、甘いのか酸っぱいのかを私にも教えてください。などと、そのようなこと神父様に叱られてしまいますね。  あなたはアップルパイはお好きですか? 昨夜食事に出ました。ほんのり酸味の残った林檎でした。      レア ――――――――――――――――――――  レアへ  晴れと雨だと、俺はやっぱり晴れの方が好きです。雨が降ると仕事が休みになるので、雨の方がいいと思うこともありますが、晴れてくれないと商売上がったりなのでそれはそれで困ります。  仕事のない日は、なんだか変な感じです。落ち着きません。仲間たちと集まったり、たまに絵を描いたりすることもありますが、大抵は家で寝ています。ぐうたらですみません。だけど、それ以外の日は日暮れまで働いているので、大目に見てください。  教会の林檎の木のことですが、神父様に訊いてみたら、あの実は酸っぱくてとても食べられないのだそうです。勇気があるのなら挑戦してみよと神父様がおっしゃいましたが、俺は遠慮しておこうと思いました。でもアップルパイにしたら甘くなるのかもしれません。俺は料理ができないので、隣のおばさんにでも頼んでみようかと思います。  アップルパイは、手間がかかるのでなかなか食べられません。おばさんに頼むとしたら、はがれかけているおばさんの家の壁を塗り直すことで手を打ってもらえるかなといったところです。  親方が、まだしばらくは好天が続くだろうと言っていました。親方の予報はよく当たります。      ゲイブ ――――――――――――――――――――  ゲイブへ  教会の木の林檎は酸っぱいのですね。これでひとつ長年の謎が解けました。ありがとうございます。  酸っぱい林檎でも、小鳥たちにはご馳走なのでしょう。今日も相変わらず、林檎を突ついているのが見えましたよ。  先日私が食べた酸味の残った林檎のアップルパイも、もしかしたら酸っぱい林檎で作ったものなのかもしれません。あなたのおっしゃる「隣のおばさん」がお作りになるであろうアップルパイが楽しみですね。私が食べたものと、似た味わいになるのでしょうか。そう考えると不思議です。  あなたが絵を描かれると知り、驚いています。でも、もっともだとも思います。なぜなら、お仕事をなさっている時のあなたの手つきは非常に繊細で、まるで芸術家のようですから。どのような絵を描かれるのでしょうか? もし機会があれば、あなたの絵を拝見してみたいものです。  それと、お手紙の中でひとつ気になったことがあります。「親方」とあなたがおっしゃる方のことです。その方は、もしかして先日あなたを叱りつけてらした、顎髭の方のことではありませんか? あなたがきつく叱責されているのを拝見して、私も胸を痛めておりました。  お仕事は大変なのでしょうね。私が何かお手伝いできたらいいのにと思います。      レア ――――――――――――――――――――  レアへ  まず、親方のことですが、俺が叱られていたのはぼうっとしていた俺が悪いのです。親方は、理由もなく誰かを怒鳴りつけるような方ではないです。俺がやらなければならないことをやらずにぐずぐずしていたから、ぴしゃりとやられたといったところです。  俺は親方を尊敬しています。俺に仕事を教えてくれたのはあの人なので。  ぼうっとしていたと言いましたが、実は、あなたへのお手紙に何を書こうかと考えていたのです。俺の毎日はほとんど仕事ばかりです。家に帰ったらすぐ寝ています。なので、あなたが面白いと思うようなことが書けなくてどうしたらいいかなと悩んでいたら、親方に叱られたというのが本当のところです。  親方は厳しい人ですが、すごく若い奥さんがいて、奥さんに夢中です。どうしてあんなに若くてきれいな人が、あんなむさ苦しいおじさんに、とか、結婚したばかりの頃は周り中に不思議がられたのだそうです。親方のお子さんは奥さん似のかわいい女の子です。親方に似なくてよかったな、なんて、これも親方に知られたら叱られるので秘密でお願いします。  そうそう、絵の話ですが、俺の絵は本当に落書きみたいな汚いものです。思いついたものを思いついたままに書くので、形とか技術とか、そういうものは一切ありません。豪快といったらそうなのかもしれませんが。だけど、自分では、下手くそ過ぎてとてもあなたには見せられません。  あなたの方こそきれいな字を書かれるので、きっと繊細な方なのだろうと思っています。      ゲイブ ――――――――――――――――――――
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