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 四日が過ぎた。  ゲイブは迷っている。  一昨日、昨日と雨が続き、教会の工事は中断されていた。家にいるのも落ち着かない。窓を叩く雨音を聞きながら、ゲイブは幽閉された青年のことを考えていた。  こんな雨の日には、レアディールはどう過ごすのだろうか。  窓の外を見ても、そこには誰もいない。ただただ寂しい光景が広がっているだけの、つらい一日――それを想像して、ゲイブの肌も冷えた。  だから、今朝起きて雨が上がっているのを知った時は、嬉しかった。それから、嬉しいと感じたことに自分で驚いた。あんな恋文気持ち悪いと思っていたはずなのに、いつの間にかレアディールの心情を慮るようになっていた。  だが、さりとて自分がどうすべきなのかは、ゲイブにはわからない。レアディールは返事を待っているかもしれない……きっと待っているだろう……来るわけがないと否定しながらも、でももしかしたらと儚い望みを繋いで……そんな彼を失望させるのは酷だ。けれど、結局いつかは失望させることになるのではないか? だとしたら最初から返事など出さぬ方がよいのでは?  ゲイブはレアディールの手紙を懐に仕舞い入れた。そうして仕事に向かった。  工事はいつも通り始まった。二日の中断は大した遅延ではない。元より天候を考慮して、工期は長めに取られている。ゲイブは持ち場に向かった。途中で、領主の城を見上げた。  西の塔だ。高い位置にある窓。そこにあったであろう人影は、ゲイブの顔が向いた瞬間に逃げた。 「俺を待ってたんだろう? 出てきたらどうだ?」  ゲイブは呟いた。むろんそれが聞こえたはずはない。しかし、窓の向こうで、彼が姿を見せた。  レアディールだ。  愛らしい子どもだったと、神父は言った。領主の前の奥方にそっくりな、澄んだ緑色の瞳をしているとも。ゲイブは隻眼だ。残念ながら、この距離ではレアディールの美貌は確認できなかった。見えたものは、栗色の長い髪と、いやに白い肌と、病的なまでに細い身体のみだった。  ――あなたがもう一度こちらを向いて、手を振ってくれないだろうかと……。  あの恋文には、そう書いてあった。  神父は正しい。あれは痛々しい恋文だった。  ゲイブは少しためらい、それから、静かに片手を挙げた。  レアディールの方もためらっているようだった。長い沈黙を経て、おそるおそるといった様子で、手を挙げた。  その時確かに、ゲイブはレアディールの目が自分を見ているのを感じた。いま、視線が絡み合っているのだろう。レアディールは隠れない。  密やかに、時が震える。  彼の気持ちに応えたわけではない。哀れだと思っただけだ。たった一度と彼が言う、その寂しい望みに応えただけのこと。  ゲイブは自分にそう言い聞かせた。目をそらし、背を向けて、仕事に戻った。  あの初老の男が再びやってきたのは、その翌日のことだった。
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