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帰ってきたトンチキ
急遽滑り込んだ六人連れの上客の来訪を受け、伊豆守温泉の老舗旅館は大いに活気付いていた。
「死々戸おおおおおおおお!皿磨けお前はあああああああああ!金がねえなら金なしらしくしろおおおおおおおお!ああ!冷泉さんは死々戸の監視よろしく!こっちは宿泊客の出迎えで忙しい!」
楽しい二人温泉デートは、こっそり乗り込んだ馬鹿のせいで酷い有り様になった。
80円で温泉いけると思うな馬鹿!
見送り入場券握りしめて急行に乗り込んだ馬鹿に、飯島大夢は言ったのだった。
挙げ句の果てに財布に20円しか入っていなかった。
放っとくと温泉地で援助交際に励もうとしていたであろう馬鹿の為に、飯島は彼女の冷泉香澄と共に、三つ指ついて出迎えた女将に土下座する羽目になったのだった。
難色を示していた女将の前に立ったのは、突如現れた裏女将の存在だった。
這いつくばった飯島を威圧感のある視線で見据え、旅館の下働きを条件に、ここでの宿泊を許されたのだった。
去りゆく背中に、皿が纏めて割れる音が響いたが、それを気にする余裕などありはしなかった。
冷泉さんごめん。俺は部屋の清掃で手一杯だ。
風光明媚な温泉で、冷泉さんと二人きり。
そっと絡まる指、塞がる唇。
冷泉さんのうなじは温泉で赤く色づき、いざ行かん初めての共同作業と思っていたのに。
初めての共同作業が死々戸の監視とか完全に終わっている。
「飯島君」
突然呼ばれた。裏女将だった。
何だよ裏女将って。
「何でしょうか?」
旅館名の書かれた法被を翻して言った。
ハチマキといい、完全に温泉の丁稚だった。
「今日おいで頂くお客様は、坊っちゃまのご友人です。遠い地からはるばるお越しいただいた大事なお客様です。努々粗々のないように」
坊っちゃま?誰?
よく知っている人物とは夢にも思わず、飯島は返答した。
「はい勿論。誠心誠意おもてなしします。ところで、入口の看板に歓迎の文字がありませんが」
祝〇〇御一行様と言う看板は温泉あるあるだった。
「既に書いてございます。とくとご覧じなさい」
へ、へい。そう返事して外の看板を見た。
祝 アカデミー御一行様とか書かれていた。
アカデミーって何だよ?
そうこうしていると、マイクロバスが到着した。
「来たぞ!冷泉さん、あと死々戸おおおおおお!きちんと挨拶しお前はあああああああああ!いらっしゃいませ!伊豆守温泉へようこそ!って帰ってきたんかお前はあああああああああああ?!このヘボガイジン勇者!」
「だから、ガイジンたあ何だこのトンチキ。久しぶりだな飯島」
よく知ってる奴が客だった。
「こっちは勇者嫁か?!また三芝か?!」
「お久しぶりね。イイジマ君。ケフカちゃんは元気?きゃあ!元気だった?!カスミちゃん!」
「フラさんまで知ってるのかよ。ちなみに今回は魔王だ。魔王がやった」
ジョナサン・エルネストは言った。
確かによく知っていた。無茶苦茶になったのだ。死々戸と冷泉さん、ヘド子と蛇嫁と言った女達は、鎧袖一触何もかも無茶苦茶にして去って行ったのだった。
「エルネスト様ですね。伊豆守温泉、真女将のトキでございます。降魔坊っちゃまよりお話は聞いておりますれば、まずは旅の垢を流し、ゆっくりと英気を養われませ」
坊っちゃまが誰かも解ったよ。降魔って勘解由小路じゃねえか。
あと真て何だ。
急に踏ん反り返って腕を組んだ死々戸を見て、飯島は心底ぶん殴りたい欲求に駆られていた。
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