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「呆れた。それで本当に使って来ちゃったの? 大体、天気予報ぐらい見なさいよ」
母親が心底呆れた顔で私の前にお茶を置いた。
「仕方ないでしょ。置いていっちゃったんだから」
雨も止みそうになかったので、私は少年が残した傘を使って実家にやってきたのだ。子供用の小さく黄色い傘を使うのは、すれ違う人の視線を集めかなり恥ずかしかった。
「えーと、もも組なかはらはやとくんだって」
黄色い傘の留め具の紐には名前と組が書かれていた。
「きっと近所の幼稚園の子よ。さっさと届けてきなさい。きっと困っているから」
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
私は母親の傘を借りて、近所の幼稚園を目指した。私も遠い昔に通ったその幼稚園には歩いて五分で着いた。
ピンク色の校舎の小さな幼稚園だ。ただ門が閉まっていて、どうすればいいか分からず、門の所で中を見ながらウロウロする。ちょっと不審者っぽいかもしれない。
「どうかされましたか?」
よかった。中から青いギンガムチェックのエプロンをつけた保父さんが出てきてくれた。
「あの、すみません。先ほど」
「あれっ⁉ 綾野さん⁉」
「え……」
私は名前を言い当てられて保父さんの顔をよーく見た。
「もしかして、本宮くん?」
「そう」
「わー、高校の卒業式以来だね。まさか、保父さんになっているなんて」
「綾野さんは、……お迎え?」
「えっ、ああ! 違うの! これには事情があって」
小さい傘を持っていると子供を迎えに来たお母さんに見えてもおかしくない。
「立ち話もなんだし中に入って」
本宮くんが門を開けてくれる。幼稚園の玄関に入って、傘を閉じた。興味津々にこちらを見てくる水色のスモッグを着た子供たちが可愛くてほほえましい。好奇の目を向けてくるのは先生たちもだけれど。
「それでね。この傘だけど」
私は黄色い傘を渡して、事情を本宮くんに話した。
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