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面と向かって人と向き合うのが余り好きでは無かった。
だから、今の生活にはおおむね満足している。
自分の決めた時間にPCに向かってそれ以外の時間は一人で過ごす。
そりゃあ勿論、株式市場や為替市場に合わせてになる為完全に自由という訳では無いけれど、ある程度は自由に出来る。
ぼんやりとPCを見て売買を繰り返すだけの仕事だから自分には向いている。一時期の様にデイトレーダーだらけという状況ですらないので同業者同士の交流みたいなやつも皆無だ。
人と会う時といえば、取引が落ち着いた後行く朝のコンビニで見る店員と、後はそれから、通販で買ったものを運んでくる運送屋位なものだ。
正に、今みたいな。
「済みません。サインかハンコ下さい!」
運送会社のポロシャツを着てハキハキと話す男は大きめの荷物を持っているのにも関わらず息一つ切らしていない。
玄関に放置してあるインク付きのハンコを取り出すと伝票に押そうとした。
が、運悪く目測を誤ってしまって運送屋の手に押してしまう。
「……悪い。」
「いえ、大丈夫ですこの位。えっと、荷物中へお運びしますか?」
いつもはどんな重い荷物でも断っている。自分の空間に他人が入るなんてお断りなのだ。
ただ、その時は間の悪さがあった所為で思わず頷く。
運送屋は俺に伝票を押し付けると玄関をするりと入って荷物を置く。
受け取り印を押してその様子を眺める。
その運送屋は少し染めているのであろう短めの頭髪と日焼けした肌、筋肉質の腕、何もかもが自分と正反対の様に見える。
「あの、ここでいいですか?」
振り返って聞かれる。「あ、ああ……。」と返事をした。
普段しゃべらないと、こんなことでも舌が回らずかんでしまう。
「ふ、ふふっ……。」
運送屋が笑った。その笑い方に覚えがある様な気がしたが考えるのを止めた。
「お客さん、xxx高校の出身ですよね。」
言われた言葉の意味が分からず思わず運送屋を凝視してしまった。
事実xxx高校に通っていた事はあるが、運送屋が何故言い当てたのかは分からなかった。
顔にも見覚えは無い。
「苗字に見覚えは無いですか?」
運送屋の名札はその時初めて確認した。
忘れたくても忘れられない苗字がそこには書いてあった。
「お前、晴信の……。」
「晴信は兄です。」
何度か家に遊びに来た時あってますよ。と運送屋は言った。
全く覚えてはいなかった。
手が震えているのが分かった。
思い出したくは無かった。
「半田さんうち来なくなっちゃって。」
当たり前だ。もう晴信と会ってもいない。
「まあ、兄から聞いてはいるんですが。」
さらりと言われた言葉はまるで凶器の様だった。
「……で、なに、俺を脅したいの?」
ようやく伝えられた言葉はそれだけだ。
「まさか!こうやって偶然会えたのにそんな訳無いでしょう。」
素早く俺の手を取ると、弟、戸川 秋次は静かに言った。
「高校の時から、貴方の事が好きでした。
兄から奪いたくて仕方が無かった。まだ、あの人じゃないとだめですか?」
至近距離に日焼けをした顔があって、仕事中にするような冗談とは思えなくて思わずたじろいでしまう。
「返事は急ぎません。
今日は仕事なのでこれで失礼しますが、また会ってくれませんか?」
断るべきだと思った。
そもそも晴信の弟なのだ。会えるはずが無い。
「まだ、兄の事が好きなんですか?」
静かに言われた言葉が棘の様に刺さる。
確かに、俺は高校時代晴信に告白した。
けれど、断られているのだ。
気持ち悪いと、もう顔も見たくないと言われている。
お前には関係無いだろう。鼻で笑って言い返したいのに上手く声が出ない。
晴信とは告白をした日以降まともに会話もしていないし、卒業して以降一度も連絡もとっていない。
完全に終わった事の筈なのに、上手くそれが伝えられない。
「大丈夫ですよ。これから先の事なんか誰にもわからないんですから。」
そういうとニッコリとさわやかに笑って「それじゃあまた。」と言ってあいつの弟は出て行った。
笑い顔がどことなく晴信に似ていて意味もなく泣きそうになった。
了
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