モノクロの温度

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コーヒーのカップが空になって。 ちょっと待っててね、と席を外した遼馬を待つあいだ、私は期待と不安の間を揺れ動いていた。 付き合って下さい、と言われるのかな、いやいや自意識過剰だろうか、でもさっき私のことを好きだってはっきり言ってくれたし…それともまさか一足飛びにプロポーズ!?…… 「おまたせ」 そんな煩悶に終止符を打ったのは、小さなビロード張りの箱を手にした遼馬だった。……心臓が大きく跳ねる。 「馨さん。左手、出して?」 おそるおそる左手を差し出す。遼馬が小箱の蓋をあけると、そこには大粒のサファイアをあしらった指輪が収められていた。 「綺麗……」 「気に入ってもらえてよかった。……石は何にしようか迷ったんだけど、サファイアの宝石言葉は、誠実、だから。これにしたんだ」 優しく薬指に嵌められたその指輪は、かけらほどの違和感もなく指に馴染んだ。 「馨さん、……僕と、」 真摯な瞳。真直ぐな視線。 「……僕と、付き合ってくれませんか?」 「……喜んで」 この胸に灯る炎は、ただ単に温かいだけではないと。本当は気付いていた。 「じゃあ、遼馬。……私のことは、馨って呼んで欲しいな。恋人、に、なったんだから。ね?」 「そうだね、……馨。愛してるよ」 少しくすぐったいような、だけどこれ以上ないくらいの幸せな気持ち。 「ありがとう。私は、……愛、っていう感情は、正直、まだよくわからないけど……世界で一番、遼馬のことが好きだよ」 十分だよ、と遼馬が微笑む。 「遼馬は、何処にも行かないで、ずっと、傍にいてくれる?」 「もちろん」 『誠実』。……遼馬にぴったりの言葉だ。永遠なんて存在しないと頭ではわかっているはずなのに、彼の言葉は不思議と信じられた。 「……これからは、ずっと一緒だよ」 愛おしげに細められる瞳。優しく頬に触れる指。 突拍子もない出会いかただった。奇妙な関係だった。……だけど。 「……ありがとう」 彼に出会わなければ、きっと今もあのアパートで、リストカットを繰り返すだけの生活をしていただろう。もしかしたら、ただそれだけの人生になっていたかもしれない。 そっと頬に触れる手に手を重ね、指を絡める。 「遼馬に、会えてよかった」 「うん。……僕も、馨に会えてよかった」 重なる手、重なる唇、……重なる想い。 あなたとなら、きっといつまでも。
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